スキューバダイビング初代師匠は同年代の兄ちゃんで二代目は営業成績抜群のイケイケお姉様、ダイビングを始めたのは、社会人になってから4年目を迎えた22歳の頃、2年勤めた会社を辞めたり、友人を亡くしたり色々あり、何か趣味を持とうキャンペーン第1彈で20歳の時に、スキューバダイビングをしたいと思い、それから1年間情報収集し、気持ちが高まった22歳に梅田のヒルトンプラザ内にあるエグザスダイブカレッジ梅田(現在コナミスポーツクラブ)でライセンスを取得しました。お金はある程度貯金していたが、あっという間に底をつき、再びお金を貯めようと間隔があき、ショップに顔出すと初代師匠は辞めていて、二代目師匠に目をつけられてしまい、わたしのことをいきなり「しょうちゃん」呼ばわりするようになりました。
奄美大島にファンダイビングとディープダイビングのスペシャリティの講習を兼ねて行くことになりました。二代目師匠のお姉様と私のせいで危うくツアーが中止といなりかねないことをしてしまったことがあった。それはダイビング初日にディープダイビングのスペシャリティの海洋実習を受けることになり、予定の30mを越え40mまで連れていかれ、計算問題とお姉様の名前をボードに書かされて浮上しました。計算できてないし、漢字も書けていませんでした。ボートに上がったら船長が不審に思い私のダイブコンピュータの最大深度を見て激怒、何を考えてるんだ!もう中止といいだしました。怖かった。お姉様が平謝りで中止は免れたけど、これでルールは厳守せなあかんということを再認識させられました。
しかし、写真の頃は、若いし痩せてるなあ俺。あの頃へ戻りたいなあ。頑張れ俺!
