ただのアニメであって、ただのアニメではない。これは僕たちが生きてきた使命の証なんだと思う。作品のテイストを残しつつ、謎の回収をしっかりやっています。単純なメッセージだがこの言葉に尽きるのではないだろうか、「過去に打ち勝たないと、前へ進めない」

改変ともとれるべく、変貌を遂げたエヴァがここまで正統性をとれた作品になっていると、徐々にシンエヴァは認められるだろう。時間はかかるだろうが。この25年はエヴァと共に生きてきた。呪縛とさえ思えたこともあったが、決していい事ばかりじゃないがいまは解放された気持ちだ。

 これは終わりなんじゃなくて、すべてのエヴァのない世界の始まりなんだ。これからが新世紀の幕開けなんだ。ゲンドウは庵野さんで、シンジは観客者自身だったのかもしれない。終わってみると、この作品と共に過ごして、いっぱい傷ついてきたなと率直に思う。

 しかし、日本は不思議な国だと思う。面白い国民性だ。特筆すべきは、各キャラクターを描ききっている点にあるように思う。登場人物の内面がより明確に、輪郭が内面奥底にあるものまで描かれている。

 またエヴァが求められる世界が来るのか、それによってまたアナザーストーリーや、新解釈はできるだろうが、もう全部現時点では書いたように思われる。

 結局は人の幸せってのは、いい人と出逢うかに限られるのかもしれないと思う。舞台劇にならず、しっかり登場人物の考察ができていたように思う。エヴァの物語は、失敗者たちの話になってしまっているから、そこからどう立ち上がってきたか、皆がそれを体験している。皆が影を抱えながらも前を向こうと必死に生きている話があるから見ていて心地いい。

 庵野さんがいかにシンと向きあったかがわかる。いかに、新しいものに追究したのか、新世紀としたのかがフィルムにでている。作風としてどちらに傾いたとしても、恋愛、内面、バトル、どれに重点を置いて書いても、どれにも批判する人は一定率いる中で、とにかくこの作品の受け止め方がよかったと思う。絶望する物語ではなく救いの物語にしたことは、英断だったと感じる。

 マリ単体だけでもアナザーストリーとして、エヴァを作れそうな気もします。エヴァを通して、いつしか人は、生きる答えをエヴァを通して求めていたように思う。たとえどのような現実が待ち受けていようと、強く生きていくのがやっぱり人としての答えだったんだ。希望のある最終回だったと思う。エヴァっぽいという人もいるが、僕には、新たなエヴァ感が強くて、新たにつむぎだしたエヴァ、新エヴァっぽいといえると思う。

 映画版を通して考えると、Qがもっとも物語的に気分が落ちる作品が興行的に成功していてよかったように思う。何度も繰り返されるシーン、音楽をエヴァだけはまた見たいと思わせてくれる。庵野さんの十八番の爆破シーンはもう後悔ないくらい見れたのはよかった。

 TVシリーズのエヴァだけでも凄いのに、クリエーターとしての本能か、それに満足できず新たに物語をつむぎだしたのは作品として昇華できたのはすごいことだ。

 第3村のリアリティを出すため、様々な工夫をされている、まず、カメラアングル、そして自然描写、背景画、そして、生き物、人、建物など、リアリティに感じるものを、すべて木の質感を見せるなど工夫をしている。リアリティを出す為に近代的な建造物を排除している。他の村々と交流があるようだがどういう風になっているかすこし気になった。それらすべて、客観的により見せるために、最終戦初号機と第13号機と闘ったときも、その光景さえ、箱物としてよりエヴァの世界観にリアリティを出すことに成功している。3Dよりにしたり、実写だったり、映し方を変えているが、それがエヴァだから観客がなれているから、違和感に映らない。むしろ現実とリンクすらも成功している。ロボットアニメといいつつ、人間ドラマ、これがエヴァたる由縁は何だろう。巧みな心理描写、掛け合いの暗号のような意味深な語句、リアルなロボット描写、その到達点がすべて高みにあるから、人は見ていて圧倒されてしまうのだろう。グロテスクな描写も一役かっているだろう。

 従来のロボットアニメなら主人公とラスボスの機体しか、特別感その人だけの圧倒的なパワーバランスになっているが、エヴァでは使徒や他のエヴァシリーズに同等の力関係を築いて見てる側に画面に引き込まれるように計算されている。

 加持さんが脇役からメインメンバーとして、重要な役割になっているのも、ストーリー展開として面白い所だった。自分たちが撮影に使用していたのも抽象化するあたりもエヴァらしく、より世界観を現実に近づける役割を果たしている。

 シンジは心が弱いと思われがちだが、リアルに考えるとシンジが普通だろう。解読困難な謎もいつもおいてくるのがエヴァ、またエヴァができたとしてもまた、伏線、暗号語彙がでてくる無限ループにいざなわれるだろう。建物の描写も古さを取り入れたのも新しい試みだったと思う。

 劇場版を始めるにあたって、庵野さんが語っていたことはこの最終で完遂できたのであろうか、当初からの思いを越えたところに思いがいってしまったように感じた。それは悪いことではなく、アニメーションの先頭に立つものが抱く感情なのだろう。だれか聞かないのだろうか。

 ラストシーンはシンジが成長した未来だったのか、願望それともパラレルワールドだったのか、DSSチョーカーをつけたままだったし、そこになにかしらの意味を置いてきたのだろう。何も心配いらなくなった未来だと思いたい、マリが「言うようになったわ」といったから未来であることに違いはないと思うのだが、大地が復興した未来に違いはないと思うのだが・・・。大地が浄化された世界で、セカンドインパクト爆心地行く過程も機内のシーンですっとばしてるし、まあそのほうがおもしろいか。しかし、ゼーレのジジイどもは、自分たちがいない、フォースインパクトまで考えてたって、ゼーレのシナリオはほぼ完ぺきすぎる。綾波タイプの監視が薄かったのは少し気になったが、クレーディトの情報が間接的に入ってくるので、綾波は見ておきたかったのでうれしい登場だった。 

 エヴァに関しては求められるものが多いように思える。定番のBGMなど、求められるものを表現するのに悩まされたと思う。

 Qでの印象がすごく内面的でテンションが低調ぎみにひきづられてか、シンでのエヴァに対する見方が観客は少し厳しめだったように思う。内容からすればもっと興収いってもよかったんじゃないかと思われる。

 救われることを願う少年だったシンジがいつしか人を救う側の人間になったシンジの成長をみれたのはよかった。誰しも失敗を糧にして次の場所を目指すことを、自分の心のうちでも望んでいたのだろう。人類を補完したかった大人たちは、どこかで傷つくのをおそれていた大人だったのだろう。現時点ではエヴァのなすべきことはすべて完遂しているのだろう。なぜそんなにマリはシンジを迎えにいきたかったのか、ただの興味か、過去か、トリガーとしての興味だけだったのか、あいたい人に会える喜び、新たに出会える喜び、求められる喜びを作品の根底に落とし込んでいる。

 ニアサーをおこした張本人に対して、誰もシンジを責めなかったいま生きるだけで精一杯、世界の責任を一人の少年に負わす気はみんななかったのだろう。そんなやさしさもある。人は立ち上がるときは独りでつらくても立ち上がらないといけないが、一人ではなくそのあと、一緒に歩んでくれる人がいる、それだけで十分だと作品を通して伝えているような気がした。アスカとの関係性も生きていくってそういうことなんだろう。思えば、本当にタイムワープしてきたような変な感覚になる。

 最後に空撮でこの世界も案外悪いもんじゃないといわれている気がした。エヴァと共に青春を生きてきて、やっと青春が終わったのかもしれない。少年の神話はここに完結したのだろう。エヴァと共に生きてきた時間を無駄にするかそれとも逆にするかを託されたのは自分たち自身だ。

 人々に感動を与える作品を作る人たちって本当にすごいと思わされた作品。

 もう一回、生き方を考えさせられた作品。

 作品の最後には、喪失と寂しさが同居するがそれも致し方のないのかもと思えた。

 この作品に出会えたことでやっと大人になれた気がする。

 自分の考えの範疇を越えた作品。 長かったとても。

 オタクが満足するだけの世界を描くことをしなかった最高の作品。

 もう一度、生きる勇気をくれた作品。 ありがとうエヴァンゲリオン。

視聴者の目線を誘導する技術が、演者、テンポのカット割り、脚本と3拍子が見事に嚙み合い、映像として成立させるどころか、視聴者までテンポ、台詞回しで騙すこのテクニックがすごすぎる良作で、架空の出版物が嘘くさくみえない。その所も見どころだが、作家が最初はあった似たり寄ったり感がでてくるが、話が進むうちに各作家のキャラクターの魅力が勝ってしまって、映像に引き込んでしまう。キャラクターを死なせないように引き立て方がものすごく巧みで、作品内で物語と嚙み合わせ演者の表現力でカバーして、脚本の台詞回しとスピード感でお客を退屈にさせない。一体どうやっているのかというぐらい、この編集のカットうまさが際立っている。漫画では、「響」、小説では、池井戸潤さんのような技法を巧みに取り入れているように感じるが、パクリではもちろんなく、作者の力量が垣間見えてくる。演者として、大泉洋をピックアップしたのは正解だろう。本人には悪いがあまり計算やたくらみをしなさそうな顔や内面に出ている為、騙されたときの痛快さは格別になる。物語の軸となる物語のリアリティーを松岡未優がしっかりと作品の軸を支えている。リリー・フランキーがでてきたときはまたこの人かいと思ったが作家としての経歴に、申し分ないのでまあ、よしといった所だろうか。話が思っている方向に進まない面白さをこの作品は気付かせてくれる。キャラクターが本業の作家を描いているので、隣の畑の人ではない、セリフに重みが加わり、出版社のやり方を熟知していて、エンターテイメントに仕上げている。秀逸さが光る。作家は、出版社の奴隷のように感じる閉塞感をこの作品では、作家の枠組みを可能性を示してくれていて、かつ開放的になっているので見ていて痛快である。作家あっての出版社がいつしか出版社あっての作家になってしまっている現在、主人公すらもいつしか牙を抜かれてしまっている皮肉にもなっているように感じた。てゆうか、人の思惑通りに生きる生き方は現実としていいが、映画ぐらい一歩外して挑戦したいものだと思う。一体世の中にはどれだけ欲望、野心が溢れてそれを支配しようとコントロールしようとする人で、溢れているんだろうか。挑戦的な表題に見事打ち勝った作品だろう。日本にも、新たな発想でクリエイティブな道を切り拓く人たちがもっと現れる事を願う。

価値観(好み、嗜好)が合うのが、本当に相手として必要なのか。学生の恋愛と社会人の恋愛、結婚の準備期間としの恋愛は、その形に合う恋愛が必要とされているんだと思う。大切だと思った感情もそれは永遠には続かないけれど、その時、その思った感情は自分の中で眠っていて、いつか目覚めてくれるのを待っているかのようだ。すれ違いなんかじゃない、それは成長だったんだと感じれる日が来るだろう。全力でいっぱい恋したんだと思う。きっと後悔はない恋愛だったんだと思う。恋愛に失敗はあっても成功はその人その人が得た価値観により変わって、時により、変化をもたらすものなんだねきっと。100%の恋愛はしたが100%の結婚はできないということなんだろうね、つまらない、なんてことはない日常さえ、彼女といたらこうも楽しく、心が温まって楽になるんだろうと教えてくれる。消えてしまうものもあるかもしれないが、消えないものもあるんだ、巡り合うべくして巡り合う関係だったんだ、それは偶然のようであって偶然ではないんだ、解り合えた瞬間がどれほど、多かったかに気付かされるんだ。喜びを共有できたということが大事なんだ。決して無駄な事は一つもないよと未来の自分がいってくれているんだ。最後に涙が溢れてくるのはいい恋をしたという証しなんだろう。別れることもすべての別のまた始まりになるんだ。大切だと思った感情がなぜか後になってから気づくんだ。過ごした時間は長さじゃないんだ、きっとどれだけ相手を特別だと感じたのかが重要なんだ。たとえすれ違うだけの存在になってしまって、何も感じなくなったとしても人生にとっては重要だったんだと思う。一生別れないと思っていても別れてしまう、それは避けられないことだとしても、最後にいい感情が残ってさえすれば、それでいいんじゃないかと思う。

 名も無き世界のエンドロールをレビューしたかったが、内容がモロバレになってしまうのであえてレビューにはしなかったが、とてもよかった。心にずしりとくるいい作品になっていた。

これを読まずにまず見て頂きたい。それで十分な作品です。

はじめて観て、見終わった感想が「これが本当に実話なの」「えっ!?」ちょっと待て、ちょっと待てよ、こんな凄まじい人がこの世にいるのか、えっ!その瞬間で自分の中で何かが急激に変わる感覚を感じた。ここまで、崇高にピアノの音が流れ続ける映画がとしても珍しい。おいおい、こんな作品がクローズアップされないなんておかしいぞ日本と思いたくなる、常に自分の身体とピアノを天秤にかけられてしまう運命を背負っての決断、決断の連続に迫られる。彼からピアノをとったら何も残らないと自分自身でもピアノとは、別れきれない、ピアノを弾いていたい、ただそれだけのがなぜこんな運命が待ち受けているのか。自分のさだめと思いながらも、だったらこうして前を向ける、以前の自分とは違うかもしれないだけど、彼は音楽と向きあっている。何が人生において大切かと問いかけてくるようだ。何もかも順風満帆、うまくいった成功者ですよ、そんな甘いことはこの作品が全部ひっくり返してくれる。自分にはまだこんな事が出来る、音楽を愛しているのか、憑りつかれているのか、それはキャッチコピーの天使か悪魔にでも憑りつかれたような音を紡ぎだす、そんな簡単には語らせてくれない。若い時から、それしか目もくれなかった、青春もすべてを音楽にささげた人生を音として彼の人生の重み、厚みがでていて、観る人間を引き込んでくる。正直ここまでの作品とは思ってもみていなかった。彼と音楽は常にその傍にあった。それはどんな関係かと言えば恋人のようなものなのかもしれない。愛し愛され、ときにはケンカをしたり、バッハがここまで心地よく、身体に吸い込まれかのような音で、映画全体が包まれている。この映画は、もっと評価されて当然のような映画だ。吹き替えがなくても逆にいい作品だ。少年期、青年期、中年期、老年期において、違和感なく作品に入っていける、この作品はおすすめです。書かずにはおれない作品でした。

 もう自分の中で枯れてなくしてしまったと思われた心を呼び起こしてくれた感涙の映画でした。自分以上と思えるぐらいの人と出会ったかけがえのないときの気持ちに気づかせてくれる、自分でも思っていなかったことに気づかせてくれる映画でした。感動系とか感動ポルノとか批評され分類されてそこに仕分けられるだけの作品にされてしまいがちですが、そんなたぐい「どーでもいいよ感動した」と感じた、それで十分な作品でした。自分にこの作品で感動できる感受性、心が残っていたことに自分でも驚いている自分がいました。こんな感情が自分に残っていたことを知ったことに驚きました。そういう感情を抱かせてくれた人がいたことに感謝したいです。心が強く揺さぶられた人にあった、それが自分の人生にとっていかに大事なことであったのか気づかせてくれました。それが自分の思うように、たとえうまくいかなくても片思い、あるいは気づいてさえもらえなかったとしてもそれはとても大切な恋の一部だったんではないでしょうか、どんな形であれ苦い恋だったとしてもそれはそれで心にしまっておけば自分にとって大切な恋の物語だったんだと思います。その感情を覚えていなくても、ふとした瞬間に思い出すときが来たらきたで、それはとてもいい恋の1ページだったんだと思いだすことができます。恋にならない恋でも自分が始めたかったらいつでも始めることができるのも恋のいい所ですね。まあでも始めるに早いにこしたことはないと思いますが、意外にそういう恋は成就しにくい苦い恋になってしまいがちですが、劇中にもありましたが、糸がまじわったり、ほつれたり、またつながったりしてそれは、人と人との出会いになっていくんだなと思います。人生ってうまくいかないことが大半というかほぼほとんどといっていいぐらいですが、その中で出会う人たちとも。たとえ何にもならなくても何かの縁があって出会ったんじゃないかとさえ思えてこれた素敵な、心が揺さぶられるありきたりといえばありきたりな展開ですが、どこか心に刺さった作品でした。あなたも自分の中にしまってある感情の引き出しが残っているか、ぜひ捜してみてください。

 コロナによって止められた時間は、自分達の足で歩んで進めていかないと、歩みを止めてしまったらダメだ。中途半端な事はできず、映画鑑賞をするにも個人の責任だけでは済まされず、周りとの兼ね合いも当然ながらあり、人の想いが真っすぐ通る時代では、いまはないのかもしれない。

という訳で、劇場には行けねぇわで、DVDの小話でも付き合ってもらいやしょうか。

 今回の作品は デンッ  「サヨナラまでの30分」

 この作品は、カット数がものすごく多く、アングルや画角、色調や色合いそれでもって美しいカット割り、それだけでも何かを伝える姿勢が伝わってくる作品です。

 話の内容としては、あまり伝えると面白くなくなってしまうので、サラッといきます。冒頭数分、セリフがないカットでとても製作者側の強気の演出がとってもいいですって、また話が逸れてしまいました。新田真剣佑がミュージシャン志望で、大切なバンドのメンバーになってくれた彼女との大切な思い出があります。それがカセットのプレゼントです、これが物語の重要なキーポイントで、同じ学校の同級生とバンドを組み、衝突などもありながら、デビュー目前のところで、事故にあい、還らぬ人になってしまう。ここで主人公の北村匠海が人と接することすら、やめてしまっている大学生の就活生を演じています。個人的には、東京グールは、窪田正孝さんもうまいんだが、原作の雰囲気をだすなら、吉沢亮か北村匠海に演じてほしかったが、興行をかんがえるなら、窪田さんが妥当ではあるか・・・。話は戻って、この無関心人間が、いつも一人の世界に入り作曲を自分のためだけにやっている。廃プール?の脇にウォークマン(もう知っていない年代がいるのか)を拾ったことにより、そのウォークマンを使うと30分だけ亡くなったミュージシャンと入れ替わることができるということから物語は加速していきます。っていっても、物語は丹念に描かれています。唄をしかも、生歌をヘタに隠したりせず、ストレートに歌ってくれるのが、とてもクオリティーの高い曲で作品のよさが最大限にでています。二人とも、新田と北村、両方とも唄がうまい。こういう作品は、BECKとか悪くいえば、逃げ演出に固執し観客がそっぽを向いてしまうパターンがほとんどですが、この作品は、作品とより向き合っていました。しかし、この作品はそれだけではない、丹念に若者たちの心情が描かれているため、若い頃の時間のなぜ、時間があんなにも濃かったのかを青春を見せてくれる作品です。どうにも変えれないことを重くなく、ストレートに表現された良作だと思います。若い頃には、たしかにあった世界と向き合っていた時の友や好きだった人との空気感をなぜ、大人になったら大切なのに忘れてしまうんだろう。なぜ大人になると時間があっという間に過ぎ去ってまるでなんでもないようにしようとする安心感などや振る舞いになってしまうんだろう。子供の頃にはなにもなかったのに、なぜあんなにも、世界はキラキラしていたんだろう。大人になって忘れて失ってしまうのは、それを伝えたり、体験できる環境を与えもらうために、自分たちはあえて忘れるようにできているのかもしれない。いまになれば何でもない、なんでもないからこそ大切な何かを僕たちは、大切にしているんじゃないだろうか。

 点数にしてしまえば、そこまでとはいかないかもしれない。名作にするには、あと一つ何か、その何かがなんなのか、突き抜けた何かがないと人は深い感動にまでは、いかないことはわかる。それもその感動が過半数にならないと評価されない世界にいるが、些細なことに感動できるか、そんな自分を発見できる映画は僕は好きだ。

 

映画、「キャッツ」を観ました。舞台バージョンは知らないですが、この映画は、ミュージカル映画でも他のミュージカル映画と違って、ホントのミュージカルをそのまま映画にもってきたような出来になっています。率直にいうと、映画なんだから物語として見せてくれよと、ちょっと思ってしまいました。初めからミュージカルと割り切ってみたほうがいい作品だと思います。あらすじとしましては、ある猫がロンドンで捨てられるところから始まります、そこから歌の連続から物語が始まり、デブ猫や紳士の猫や手品猫や舞台猫やいろいろな猫がでてきて、その猫たちが悪い猫につかまっていき、最終的に天上界にいくのがこの猫たちの目的としてあり、どうなるかがストーリーの概要となります。字幕版を観たんですが、ここまで歌が作品の8割方を占めていると、吹替はもう別物の作品になってしまうので注意が必要です。正直に言うと、歌手も俳優もそれほど詳しくない当方としまして、出演者もテイラースウィフトぐらいしかわからなくて、この作品のよさは6割ぐらいしかわかりませんでした。英語圏の人なら120%は作品を楽しめると思います。どこか作品全体に、ブルジョワジーが漂っていて、お金をかけて一流の役者をそろえれば極上のものができる的なものを作品に蔓延してるように感じました。確かに、美術、特殊メイク、カメラ、歌のすべてが極上ではありました。でも、ディズニー配給ならこうはならなかったように感じます。製作総指揮にとどめとしてスティーブン・スピルバーグがはいってるあたりすごいが、はたしてどこまで作品に介入したのか疑わしい。もっと映画というのは、本質的にハングリーだと思うんですが、そのハングリーさに共感してやっぱり映画はいいと思うんじゃないでしょうか、そう感じた作品でした。ただ極上の映像美も確かにありました。だが、胸を打つほどの歌声にはかんじませんでした。

 

 

 

 

 

得点の合計は              64点    /  100点中         でした。    点数よりも満足はできませんでした。もっと酷い点数になると思っていましたが、作品の土台に助けられました。

 

 

 

映画、「記憶屋 あなたを忘れない」を観ました。記憶屋とはまず、なんぞやといいますと、忘れたい記憶がある人が記憶屋にかかると忘れてしまうらしいというものです。あらすじとしましては、ある日平凡な大学生が、記憶屋というのを調べているところから始まる。記憶屋、それはインターネット上でも都市伝説として扱われている。その大学生が、恋人に記憶から消去され忘れられていた、プロポーズまでしていたのになぜ忘れられていたのか、それは記憶屋が実在しているのではないかと疑い始め、大学の講師してきていた、弁護士の佐々木蔵之介こと高原と一緒に調べることになる。山田涼介こと吉森は、実は記憶屋に消されているのは、2度目だと打ち明けることから物語は意外な方向に進んでいく。ナミヤ雑貨店で安定のある演技をみせた山田涼介が主演をしている、今回もカメレオン俳優とまではいかないが安定の演技を見せている。蓮佛美沙子もかわいかったが、芳根京子がとても可愛かった、演技も上手だったが、なぜ主人公が好きにならないか不思議なぐらい圧倒的な魅力を出している。泉里香も上手に演技ができていた。人はだれしも忘れたい記憶を持っている。神様がいるならその神様が人間には忘れさすということ人間に課しているというのがすんなりとこの作品をみるとわかってくる。タイトルのあなたを忘れないという真の意味が最後まで見るとわかってくる。ラストシーンに関しては、なんともいえないシーンを作りだしているが、なぜかそのまま受け入れられた。記憶屋とは存在するのかどうかわからないが、その業を背負っていると受け止めました。高原の最後の言葉の“許してもいいんじゃないか”と“時効”というのは、一人の人としても作品としても救いがあったように思う。

 

 

 

合計得点は                  64点  /  100点中         でした。        芳根京子がめちゃくちゃ可愛かった。

映画、ラストレターを観ました。手紙のやり取りだけでこんなに感情豊かに、叙情的になるのだと思いました。一人の人をここまで思えるというのは、自分の中にはなかった感情なのでここまでだれかを一途に思えるというのは素晴らしい事なんだと教えてくれました。ところどころ主演や助演ではない役者さんが、セリフの棒読みが気になりましたが、配役で役者が持っているスキルを活かしきれていたのが良いと思いました。画面に世界観を作りこまれていたのはよかった点です。庵野さんはそれほど悪くありませんでした。広瀬すずさんが、感情の微妙な変化までよく演じ分けられていました。どうにもならない人生なのかもしれないが、そこに一つの救いが描かれていたのもよかったです。文章だけでここまで主人公の内面を描けているのがすごかったところでもありました。

 

 

 

得点の合計は、                  65点  /  100点中             でした。 なにかが突出してみせる派手な作品ではありませんが、とても手紙のやりとりが印象的な作品でした。

映画、「フォードVSフェラーリ」を観ました。率直なところ、あまり車には詳しくありません、だが車が詳しくなくてもこの作品は楽しめました。エンジンの回転数7000回転の男の世界を描いています。日本人にはあまりなじみがないフォードって、あのT型フォードを生んだ会社ぐらいにしか認識がありませんでした。クリスチャン・ベール演じるケン・マイルズがとても役にハマっていて、そのままその世界から抜け出してきたんじゃないかというぐらいハマり役です。レースシーンの迫力もすごかった。脚本が濃密に描かれていて見ごたえは、十分すぎるほどあります。会社では、技術者、ドライバーはコマのように扱われて、ブランドの前では霞む存在なのがしっかり葛藤も描かれていて、人あっての会社なのがよくわかります。実話なので、なにもかもがハッピーエンドというわけにはいきませんが、登場人物の人生の一コマが描かれています。

 

 

 

今回の合計得点は               75点  /  100点中         でした。   以外に映画館で観たほうがいい作品でした。