金もいらず、名もいらず、官位もいらぬ人は始末に困るものなり。
この始末に困る人ならでは困難を共にして国家の大業は成し遂げられぬなり。 (西郷隆盛)
いつでも時代を切り開いてきたのはこういったタイプの突破者かもしれないね

明治維新では金もいらず、名誉もいらない多くの志士達が暗殺されたり処刑されたりしながら武力倒幕、または大政奉還に向かって志と信念を貫いた

本来、志や信念といった言葉はそんなに簡単に口にできる程ぬるいものじゃないと思う

激動の時代に命を落とした先人達の骨の上にある現代社会はどうだろう?何かを成し遂げようとするときに、場合によっては陰で笑われたり後ろ指を差されたりするかもしれない。
しかし笑われるからといって諦めるのはそれこそ凡人の域で、そこに自分の夢や希望とまではいかなくても生き甲斐さえ感じる事があるならば、
馬鹿を承知でやり通すのが突破者だろう。
傍目には馬鹿に見えてもそれを本気でやる者を笑う事ほど惨めなものはないと思う

馬鹿が始末におけないなら、それ以上始末におけないのは小利口ぶった中途半端な利口者だ
馬鹿も中途半端なら利口も中途半端、そんなヤツは箸にも棒にも掛かんないよ
私が死んだ後に娘達から、「ウチのお父さんとうとう死ぬまで馬鹿が治らなかったね」って言われるくらいが丁度いいかな (笑)
坂本龍馬が船中八策を打ち出したときに周りの者に夢でも見てるのかと思われたに違いないし、
中岡慎太郎などは龍馬が暗殺されると忠告した
案の定、龍馬も中岡もまとめて暗殺されてしまったがどうだ
龍馬の船中八策は新しい日本、明治政府の基本理念になったではないか
そんな龍馬も日曜の大河ドラマでこう言っていた
「命を狙われるような事をしなかったらこの国を変える事はできんぜよ」私は国を変える事はできなくても、自分の信じる事くらい馬鹿になってやりたいと思う
たとえ笑われようとも、
私が気に入っている2つの画像を貼ってみました
馬鹿は屈しない
他人の嘲りさえも
逆境にして越えてゆく

そんな私も最高な馬鹿者達と馬鹿になって格闘技ができるなんて、馬鹿冥利につきる限りだ


