今日は、ただ思ったことをつらつら書いていきます。

自分が勝手に思ったことなので、変なことも結構書いてると思います。

でも、批判はしないでください。

自分はほめられて伸びるタイプです。



時々ものすごく叫びたい衝動に駆られるときがある。

別に狂いそうになるとかそういうわけじゃない。

単純に叫びたい。大声を出したい。


ただでさえ、いるだけで注目を集める日本人。

そんなことインドでやったら捕まりそうなのでしないが。

ちょっと考えたことがあったので、書いてみます。



この「叫びたい」欲求って、別に普通のものなんじゃないかって感じる。

去年大学に入ってサークルに所属し、そこで声が枯れるまで叫んだ。

声でねぇや、って笑いながらめちゃめちゃ楽しかったのは覚えてる。



人間、狩猟してた時はそれこそ「うっほー!」とか言いながら(?)

獣を追い回してたわけで。(たぶん)

そういうことを考えると、「叫ぶ」のって必要なことなんじゃないかなぁと。


こっちに来てから、インド人の祭り好きと、ひと目の気にしなさから、

インド人は結構大声を出す機会があるなぁと感じていたが、

それに比べ、現代の日本では叫ぶことがほとんどないように思う。


もともと人間を含めた動物の本来の姿としては、

「本気のときには叫ぶ」、そういうもんな気がする。


昔は「おっしゃー!」とか「やってやるぜ!」とかって、

自分の本気を声に出すことで周りにアピールし、自分の力にもしてた。

今、あんまりそういう「声を出して叫ぶ」機会がない。


お酒を飲むと、叫びだす人がいる。(俺?)

そういうのって、本能的なものなのだと思う。

じつはみんな、心の底から叫びたいんじゃないか。


ただ日常の世界では、「叫ぶ」ってなかなかできることじゃない。

街中で叫んだらおかしくなって捕まるだろうし、

仕事中に叫んだらやっぱりおかしくなったと思われて、解雇されてしまう。


だから人は、「酒」であったり「祭り」であったり「ライブ」であったりという、

叫ぶことのできる「非日常」を欲しがるのだと思う。


また、そういう「声にならない声」は、現実とは他の違った形として

オンライン上にも、(あくまで不完全燃焼で)あふれてきているようにも感じる。

現実の日常からは一応切り離された、「ブログ」という形であったり、

「2ちゃんねる」をはじめとした、インターネット内での発言であったりはその典型。


かくいう自分もその例外ではない。


とはいえ「ブログの」なかでの叫びが、現実の叫びに取って代わられることはない。

何しろそこには、現実ではない「非現実的」が常に付きまとう。

それゆえにねじ曲がった「現実感」を求める人間が、現実の世界でおかしなことを起こす。

現代では「オフライン(現実)」と「オンライン(ネット上)」の世界が複雑に絡み合っている。

ちゃんとどこまでがオフラインで、どこからがオンラインなのか見極めなくてはいけない。


少し話は変わるが、有名な話でバイオフィードバックというものがある。

「人は悲しいから泣くんじゃない。泣くから悲しいんだ。」

「悲しい時にも笑っとけば自然と楽しくなる」っていうのもそれだ。

(俺は完全には賛成ではないが。)


このバイオフィードバックを考えるなら、「本気の時には叫ぶ」のであれば、

「叫べば本気になれる」ということにはならないだろうか。


もちろんいつもそうなるのは難しいだろうけど、ひとつのスイッチにはなり得る。

現代人ってこういうものを求めてるんじゃないだろうか。



俺はカラオケが好きじゃないんだが(自分のあまりの音痴さに。笑)、

カラオケが好きな人のことも分からないわけではない。


歌を歌いたいとか以前に「大声を出したい」っていう欲求があるんだよね。

そこんとこ、カラオケってうまくツボをついてるわけで。

だから日本においてカラオケってすごいスピードで普及した。


カラオケが売ってるものがもし「大声で叫べる時間と空間」だとしたら、

カラオケのコンペティターは、もはや他のカラオケの店じゃないかもしれない。

今は具体的にはイメージできないが、近い将来、他の「大声で叫べる時間と空間」を

提供できるサービスに、カラオケは取って代わられる可能性がある。


実際俺みたいに「大声を出すこと」が好きでも、

「自分の歌を人に聴かれること」が嫌いな人もいるんじゃないかって思う。


そういうニッチから始まって、だんだん新しい、カラオケとは違う

別のサービスが普及していく可能性も高いんじゃないかと思う。



まとめ(ようとしたつもり)


「本気」が「叫び」を伴うならば、「叫び」が「本気」を連れてくることだってあるはず。

だって「本気」と「叫び」は友達だから。


それから「本気」と「感動」は親友です。なかなか離れようとしません。

特に「感動」は「本気」のことが好きらしく、いつも「本気」のそばにいます。


友達の友達は友達です。

「感動」と「叫び」も友達です。

だから「感動」を連れてこようと思ったら、まず「叫び」と仲良くなるのも

一つの手段かも知れないですね。


だから、感動できる組織を作るときには、組織内で叫べる機会も持ちたいと思ったわけです。


はい。

結局、

感動についての話です。



今日は何かをつかみかけた気がします。

将来的に「感動」を提供できる企業を作りたい。

そして、「叫び」「非日常」はその商品になり得る。