未来


あるのかも


ないのかも


それは自分次第なのか


とめどなく続くこの道を


ただ淡々と


進む日々

あの日


見つけた夢


幾日も経つ


今日の日まで


誰と出会い


別れ

晴れ渡る空の日も


一頻り雨の日も

乗り越えるその壁を

越えようと求めるだけの


幻想の世界

毎日霞んでく


その答え

見失いそうなその意味

暗い闇に問う価値

この街の隙間に

飲まれてく心

逸らしたその目を

閉ざしたその胸を

諦めのその線を

何度も振り払い

何度も立ち上がる

今感じる本音を

譲れないその意志に

立ち向かう己は

何処までが正直か

誰のためでなく

見た目だけでなく

また始まる明日の日を

歩む日を

後悔なく

前を向こう

なんにも

つかみとっていない

なんにも

持っていない

それはつまり

これから

なんでも

つかめると

いうこと

間違えたら

手放して

また

何かつかんで

それを

くりかえして

私は

これを持っていると

言えるものが

たった

ひとつでも

見つかれば

いいじゃないか

それが

60歳のときだって

いいじゃないか

つかもうと

がんばっていて

それを

つかめなかったときには

ちょっと

恥ずかしい気がする

もし

そのシーンを

知っている人が

見ていたりすると

なおさら

恥ずかしい

だから

知らない人

ばかりの

ところでなら

旅の恥はかき捨て

という具合で

たいして

気にならない時もある

しかし

知っている人が

いるかどうかにか

かわらず

つかもうという

努力を

続けない限り

チャンスは

つかめない

チャンスは

知らない人

ばかりがいる時に

来てくれるとは

限らないから

みっともない

姿をさらした

と思うような

瞬間があったって

そんなものは

間もなく

忘れ去られる

つかんでは

手放し

つかんでは

手放し

そのうち

手放す必要の

ないものが

たった1つでも

見つかればいい

欲張っているうちは

かえって

見つからない

大きな

チャンスばかり

探しているうちに

ささいな

チャンスでさえも

見逃してしまうから

忘れちゃいけない
人間は

あなたは

大切な存在で

生きている

価値がある

という

メッセージを

つねに

探し求めている

生き物だと思う

そして

それが

足りなくなると

どんどん

元気がなくなり

時には

精神のバランスを

崩してしまう

生きている価値

っていうのを

自分が

もしくは

他人が

どう

とらえているかで

自分の

幸福感が

変わってしまう

自分の

モノサシだけで

自信を

もって

歩んでいける人

あるいは

他人の

モノサシは

ちょっとしか

気にならない

っていう人は

いいだろうけれど

どうしても

他人の

モノサシだけに

左右されて

しまいがちの人は

苦しくなると思う

それに

合っていなければ

自分は

不幸だという

烙印を

押してしまう

だろうから

そして

そういう

ことだけで

思いつめたりして

いつも

イライラしたり

体の

具合を

壊したりしたら

自分の

人生が

もったいない

自分は

大切な存在で

生きている

価値がある

っていう

メッセージは

与えられるのを

待つばかりでなく

自分でも

発信できるものだと

思う

笑われることなど

気にせず

自分からも

そういう

メッセージを

発信するって

ホントに

大切だと思う