もし

なんて仮想の話ほど

くだらないものはない

もし

あいつと

同じ力があったら

もし

あの時

こうしていたら

もし

別の生き方を

選んでいたら

くだらない

百万回唱えても

なに一つ

変わらない

親には

ちょっと

申し訳ないけど

もし

この親じゃなかったら

と思った時が

何度もあった

自分の親を

ひどいヤツだと

思う人は

きっと

少なくないだろう

たいして

珍しい話じゃない

ただ

そのひどいっていう

ことにも

いろんな

種類があるから

そう思うことが

必ずしも

恩知らずとか

言えることとは

限らない

言えることと

いえば

自分の選べた

もし

よりも

自分が

選べなかった

もしは

もっと

意味がないということ

与えられたものは

乗り越えて

いくしかないわけで

自分で

選べたものだったら

失敗と

分かった時点から

改めていけばいい

そもそも

もし

という言葉が

思い浮かぶのは

そう考えてしまう事態

もしくは

解決しなければ

いけない問題が

目の前に

あるからであって

そういう

シーンにおいて

もし

ばかりを

考えたところで

現実は

何にも前には

進んでいかないのだ

今出来ることを

1つ1つやっていく

そういうことでしか

目の前の

ことは変わりようがない

もしの

パターンを

いくら増やそうとも

それしかないのだ