こんにちは。

だいぶ久しぶりになってしまいました。

 

今年は色々と良くないことが続いています。

精神的にも、ブログを書く気持ちになれませんでした。

 

色々と気を付けなくては…と思っていました。

 

そんな矢先…スーパーの駐輪場に止めておいた自転車のカゴの荷物を持っていかれてしまいました。

ほんの10分にも満たない時間、ほんの少しだから大丈夫だと思ってしまたのがいけなかったです。

金目のものは何もなくて、むしろゴミとかも入っていたので、被害はそれほどでもなかったのですが、なんか気持ち悪かったですガーン

 

やっぱり、色々と気を付けなくては…アセアセ

 

そして、4月には、大好きだった祖母が旅立ってしまいましたえーん

突然家を出てしまって、病院に入ったり施設に入ったり、転々としての旅立ちでした。

祖母が家を出て半年間、心がすり減るような時間でした。

なぜ、家族のもとでピースフルに旅立てなかったのか、無力感、後悔、悲しみなど色々な気持ちが押し寄せてきて、今もつらい気持ちがあります。

 

今は祖母が天国に引き上げていただけるようにお祈りしています。

祖母は、幼い時に両親を亡くして親戚に引き取られ、両親が残したお金を全部その親戚の子供たちの学校などに使われてしまったそうです。

そして祖母自身は学校にもあげてもらえずにすぐに働きに出たそうです。

ほんとうに想像もつかない苦労をしてきたと思います。

 

今回も病院や施設にいても、その環境に適応して、看護婦さんやほかの患者さんたちに好かれて過ごした祖母は、本当に強くたくましく生きた人だと思いますえーん

 

祖母が急に家を出てしまったのは、認知症のせいもあったようですが、母と祖母の関係があまり良くなかったこともあり、私は「なぜこうなってしまったのか…」というやりきれない気持ちにもなりました。

 

でも、夜寝ていたら、枕元においていた聖書から「人を裁くな」という声が聞こえてきました。

私が母の立場になれるわけではないので、母を責めることはできません。

そう分かっていても辛かったのですが、その声を聞いたら、スッと心が和らぐのを感じました。

きっと母も辛いはずだから、これからは母の心の支えになれるように話を聞いてあげよう、と思うことができました。

 

そのようなことから、今は「マタイによる福音書」を読んでいます。

祖母のことでしばらく聖書を読むことも祈ることもできなかったのですが…。

 

マタイを読んで思うのは、クリスチャンは神様を知っている点において、もう「すべてを持っている」のだということ。

私たちはすべてを持っていて満たされている、だから人には優しくしなくてはいけないということのように思います。

マタイに書かれていることは、実行するのは難しいことも多いです。

でも、少しずつ、人にやさしくしていくことができたらいいなと思います。

 

生きていれば辛いこともありますね。

でも、神様のお恵みを感じる瞬間でもあります。

なんとか頑張って生きていきましょうびっくりマーク