『ONEPIECE』の主人公、モンキー・D・ルフィ が何度も口にする言葉。
「俺は海賊王になる男だ‼️」
この台詞を、ただの決意表明だと思っていないだろうか?
実はこれ、心理学的に見ると“アファメーション(自己暗示)”の構造そのものだ。
■ アファメーションとは何か?
アファメーションとは、望む未来を「すでにそうであるかのように」連想、命令、断言する、それを繰り返す、潜在意識に刷り込み、行動を変えていくという自己暗示の技法だ。
ポイントは「未来形ではなく現在形で言い切る」こと。
ルフィの言葉はまさにそれだ。
■ ルフィは“未来”を宣言していない
彼は「海賊王になりたい」とは言わない。「なる男だ」と断定して言い切る。これは“願望”ではなく命令暗示法だ。
暗示には三種類ある。
連想暗示法、命令暗示法、断定暗示法だ。
ルフィは常に自分が海賊王になった姿を連想している、そして、自分は海賊王になる男だ‼️と自分に命令して暗示をかけている。さらに、強烈なのは、自分は海賊王になった‼️と断定して暗示ができたら最強だ。
ルフィは命令暗示法を使っている。ルフィの中では、海賊王になる=まだ遠い夢ではなく、海賊王になる=確定している未来という扱いになっている。
■ 繰り返すことで自己像を固定する
ルフィは絶体絶命の状況でもこの台詞を言う。
敵の前でも。仲間が倒れた時でも。世界政府を敵に回した時でさえ。それは単なる口癖ではない。
あの一言は、「自分は何者か」を再確認するスイッチになっているのだ。自分の求めるもの、欲するものがなんなのか、言葉で話して、脳に叩き込んでいるのだ。
そうすると、自分がブレないのだ。自分軸が固定化する。信念が強くなる。自分のやることがブレないから、恐怖や迷いが入り込む余地を与えない。
■ クロコダイルとの思想的対比
ここで面白いのが、アラバスタで対峙した クロコダイル の思想だ。
彼は言う。
「理想ってのは実力の伴う者のみ口にできる現実だ」
クロコダイルは、力がなければ理想を語る資格はないと断じる。
一方ルフィは、力が足りなくても宣言し続ける。
思想は真逆だ。だが実は共通点がある。両者とも自分の未来像を一切疑っていない。方法が違うだけで、自己像の強度は同じなのだ。
■ 言葉が現実を引き寄せる構造
ルフィの宣言は、周囲にも影響を与える。ゾロも、ナミも、サンジも、最初から「海賊王の船に乗る」覚悟で行動するようになる。
ゾロ『世界一強い剣豪になる‼️』
ナミ『自分で航海して世界地図を作る‼️』
サンジ『オールブルーを見つける‼️』
ルフィの一味は全員、自己暗示(アフォメーション)を使っている。
それぞれが自分の本当に欲しいものを求めて言葉にしている。
ルフィは、一念不動の心を持っており、自分の求めるところのものを、最も正しい事柄の中に定めている。
ドラッカーも『少ししか求めなければ進歩しない。多くを求めるならば、何も達成しないものと同じ努力で巨人に進歩する』と言っている。ルフィもその仲間も勇気を出して、自分が一番欲しいものを勇気を出して言葉にして、欲している。そして、その理想のために実行、行動している。
繰り返される宣言は、仲間の意識まで変える。
つまりこれは、自己暗示→行動が変わる→周囲が変わる→現実が変わるという物語構造そのものだ。
■ だからルフィは折れない
普通の人間は、失敗すれば揺らぐ、否定されれば迷う、恐怖で目標を下げる。
だがルフィは違う。
なぜなら、「俺は海賊王になる男だ」という自己暗示、信念が崩れないからだ。それは願望ではなく、揺るがない固い固い信念だ。
海賊王になる男という言葉は、信念そのものだ。
■ 結論:ワンピースは“物語的マントラ”である
ルフィの言葉は、信念が強くなる言葉でもあり、決意表明でもあり、自己暗示でもあり、物語を前に進めるエンジンでもある。
あの一言がある限り、物語は必ずルフィの求めるもの“海賊王”へ向かう。
だから私たちは、あの台詞を聞くたびにワクワクするのだ。それは単なる夢ではない。“確定した未来”の宣言だから。
自分が本当に求めるもの、欲しいものを言葉にして言う勇気があるならば、それにふさわしい力も勇気も信念も知恵も大量に溢れ出て、実行、行動できる。
常に高級な欲求心を持ち続けることの大切さを教えてくれている。
モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーではないか。作者の尾田栄一郎は本当に天才で読書家だ。大量に本を読んで、それを漫画にできる。まさに天才だ。
勇気を出して、一番欲しいものを、欲することの大切さを教えてくれている。
中村天風先生の一念不動の誦句そのものだ。
私は、私の求むるところのものを、最も正しい事柄の中に定めよう。そして、それをどんなことがあっても、動かざること山のごとき盤石の信念と、脈々として流れ尽きざる、あの長い川のごとく、一貫不断の熱烈なる誠をもって、その事柄の実現するまで、いささかも変更することなしに、日々、刻々、はっきりと、心の中に怠りなく連想していこう。ちょうど、客観的に看察するがごとくに。
私は、もはや、消極的の思想や観念やまたは暗示に感じない。また、そうしたものは、私を動かすことは出来ない。私は断然そうしたものより、より以上のものである。私は、もはや、あらゆる人生の中の、弱さと小ささとを踏み越えている。そして、私の心は、今、絶対に積極的である。おおそうだ、私の心は勇気と信念とで満ち満ちている。従って私の考え、私の言葉、それはいずれも颯爽として、いつも正義である。だから、私には、人生のあらゆる場面に奮闘し得る、強い強い力が溢れているのだ。そして、私の人生は、どんな人の世の荒波に脅かされても、あの大岩の上に屹然として立つ灯台のように、平静と、沈着と、平和と、光明とに、輝き閃いているのだ。