今日はぱんちの49日
ぱんちがいないんだと思う場面は
割と多々…
我が家の皆がぱんちロスになってます。
あずきは割とダメージが大きいようで
すごい甘えるようになりました。
ちくわはぱんちが好んでいた場所に
居るようになりました。
オールシーズンだった我が家のストーブも
稼働率が落ちました。
ストーブに関しては今年はぱんちが
ストーブを点けてと鳴かなくなっていました。
きっと体調が酷くてそんなことを要求する
元気がなかったのでしょう。
お盆は私は10連休でした。
きっとぱんちとの時間を神様が作ってくれたのかな
と今になって思います。
連休最後の日の24時に
ぱんちは急激に体調は悪化。
本当に時間切れだったのでしょう。
それまではそれほど心配なくらいの
変化はありませんでした。
前日まで一緒の布団でゴロゴロして
枕あたりに一緒に朝まで居てくれていましたから。
20日の夜中に調子が悪くなったのを見て
考えたくなかった事態を改めて覚悟。
出社したものの、予感がして早めの早退。
帰宅したら息が荒くなっていて意識が
ない様子でした。
朝は少し落ちついた感じだったのに…
息を引き取るまで
ずっとぱんちに話しかけていました。
「ありがとね」「ぱんちはこれからも
ずっとウチの子だからね」
体を撫でながらそんな事をずっと話しかけて
いた気がします。
最後にぱんちは意識が戻ったのか
私を見て居るのを確認してホッとしたように
もたげていた頭をゆっくり私の手のひらに
預け、息を引き取りました。
我が家に来てずっと私にピッタリくっつき
追いかけてきて、絶対の信頼をおいてくれていた
ぱんち。 最後にはしっかり私に看取りをさせて
くれた子。
この子に対して私は応えてあげることが
できただろうか?と亡くなってからずっと
考えています。
独り言
本来人の宗教はほぼ人以外の生き物は
宗教に含まれていません。
どの宗教でも本来は人を救済するものであり
動物の救済は含まれません。
動物は人より劣るという感覚なはずです。
でも最近の宗教関係者…住職や宮司
神父、牧師の方々は
気持ちが大切とわりと寛容です。
ただしそれは日本での話。
たまに怒る方もいます…
今の時代人だけではなく動物にもしっかり
魂があり、喜怒哀楽なども人みたいに
あるとわかってきています。
わたしの親の世代に比べ
ずいぶんと生き物、イヌネコへの認識は
変わって来たと思います。
人造肉(培養で作る肉)も普及して
家畜なども不要になってくれば色々
変わって来そうですね。
これからももっともっと
生き物に優しい世の中になって欲しいですね。
ぱんちへ
たくさんたくさん楽しい時間をありがとう。
これからもずっとうちの子だからね。
↑ぱんちが大好きだったもの。
おもちゃはネズミものや手芸のボンボン
紐ものが大好きでした。
缶詰は食欲ない時や震災時にネコご飯が
なくなった時の非常食にも使いました。
ちょっとだけ指に付けて舐めさせました。