「どうしても生きてる」を
読んだ時も思いましたが、この人はどうして
こっち側が日常で感じてるものを
こんなにも上手く言葉にできてしまうのだろう。

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「いま何してるのって訊いてくるんだよ、やりたいこと見つけてる奴は。〜何もねえんだよこっちは。何か報告することがなきゃ生きてちゃダメなのかよ。」

高校生の時の私も、周りにいま何してるのって訊かれて、そのたびに責められてる気分になって
誰かと会うのが億劫になっていました。

今は、誰かに直接言われることはないけれど
自分の中では何度も何度も訊かれています。

他人のためでも自分のためでもやりたいことがない。生きがいがない。生きる理由がない。

生きがいなんてなくてもいい。
生きる理由なんて、なくてもいい。
生きれいればそれでいい。
ありのままの自分で、やりたいように自由に生きていこう。

とても素敵な思考で、とても憧れる。

だけど。

雄介の言う、3番目の人間の立場で
そんなふうに言える人ってどれくらいいるんだろう。

自分が、なんで誰の言葉も本当の意味で心の中に落ちてこないのか。
それは、3番目じゃない人に言われる言葉だからだったのかと思いました。
雄介の言う通り、3番目と、1〜2番目の人では
見えてる世界は全く違う。


3番目の人間は、どういう風に生きればいいんだろう。
雄介のやり方は間違ってると自分では思うけれど、かと言って、じゃあどうすればいいのかは分からない。

誰かに答えを教えてほしいけれど
それはきっと
自分でしか見つけられないし
もしかしたら一生分からないのかもしれない。