6月10日東海地方梅雨入りしました。
そんな頃
私のおばーちゃんが亡くなりました。
今年、11月28日を迎えられたら
100歳
でした。
6年前におじちゃん(息子)が亡くなった後、
施設に入所しました。
この2月に転んで大腿骨を骨折。
手術はせず車椅子生活に。
認知症が進んで、私の事完全に忘れちゃったんだなぁって思ったのはいつ頃だったかな。
それからはあんまり会いに行けてませんでした。
最近はコロナもあったから余計に。
ちょっと思い出して書いていいですか
***
近くに住んでたから小さい頃はよく自転車で
遊びに行ってました。
いつも笑顔のおじーちゃんとは対照的に、
おばーちゃんは礼儀作法もうるさく
躾も厳しかった。
笑顔はあんまり見せなかったです。
おばーちゃんは後妻さんで
本当のおばーちゃんじゃないと聞かされた時は
ちょっとショックだったりもして。
その厳しさが冷たい人、意地悪な人、やっぱり後妻さんだから愛情が薄いって、嫌いになって
ちょっと遠ざかった時期もあったっけ。
読書が好きでよく窓際で読んでたな。
お料理も上手で、特にお節作りに力を入れてて、『艶々に輝くおばーちゃんの黒豆』
あれに勝るものはありません。
台所に立つおばーちゃんの横にいると、楽しい事が沢山あった。
あんこときな粉のおはぎ作ったり、
おっきなすり鉢でゴマすったり、
これがお魚?ってカチンコチンの鰹が珍しく
それを削って下の引き出しを開けると
いつもの鰹節が入ってる。
あれ、めちゃくちゃ嬉しかったなー!
包丁も沢山使わせてもらえて、
大人と同じ事を何でもやらせてくれた。
冬のおでんも美味しかったなぁ。
お裁縫も上手でした。
大好きなくまさんの縫いぐるみのお布団セットを作ってくれたっけ。
捨てるお布団があったのかな。
本物の生地でリアルなミニ版だったからほんとに嬉しかった。
そのくまさんには浴衣も作ってくれたなぁ。
孫の服を作ってくれる事はなかったけど、
それは母がしてくれてたから出しゃばらずいてくれたんだろうか。
いい意味で怖い存在で
たまに褒めてくれるのが凄く嬉しくて。
認めてもらいたくて頑張ったり…。
あぁ
どれも小学生くらいまでの思い出だけど
凄く懐かしい

***
いつも通りの朝に、
スタッフの方がお部屋を訪れた時には
既に冷たくなっていたとか。
本当に眠るような最期だったのかな。
家族に看取られる事もなく
一人で逝っちゃった。
大病もせず入れ歯もなし。
自分の歯で、大好きなお肉をペロリと平らげてた。
久し振りに会えたそのお顔は、とても99歳とは思えない色艶でびっくりしました。
お肉の効果だろか?
死亡診断書には『老衰』と。
大往生だね


ぎゅっとぎゅっと凝縮して記された
おばーちゃんのあゆみ。
享年101歳
名前の一文字の『鶴』
折り紙におばーちゃんへのメッセージを書き
鶴を折って棺の中に入れました。
めったに見られなかった
柔らかな優しい微笑みが遺影になりました。
やっぱり
永遠のお別れは淋しいよ
おばーちゃんお疲れ様。
どうぞ安らかに。
ありがとね。