去年の今日。
ある一人の人間にあった。今は、亡き 「Kさん」という去年で50歳の方だ。
Kさんは、中央大学の法学部を出て、大手上場消費者金融Pのかなり上席の方まで行き、
そのP社と、UFJ銀行などでつくった、電話やインターネットをベースにしたMという消費者金融の会社の
東京支社長等をしていたらしい。
年収もかなり良く、いわいる勝ち組としての人生だったようだ。
友達もどこどこの頭取、どこどこ航空の取締役といった方ばかり。
ただ、北海道に赴任していたときに、家を買い。子供、奥さんなどの家族も、北海道にいたため、
家族と会えないことを悩み。
結果として、いまから数えると3年前に、早期退職で退職し、北海道に戻り。独立した。
その会社は、コールセンター業務を行う会社で、KさんがM社にいた時代にいたノウハウを活かして起業した形になる。
そのKさんが、私の事務所のポストに、「事務所を引き継げる方、募集。」
というチラシをポスティングしていた。
私は、その時にちょうど事務所を拡張しようとしていたので、
その話を聞いてみる事にした。
そこではじめてKさんに出会った。
最初の印象は、「人の良いお父さん」だった。
ただ、元気はなかった。
色々と話をきくと、こういうことらしかった。
----------------------------------------
独立はしてみた。
しかし、以前の職場から当てにしていた仕事がこなかった。
最初はマイライン等の案件があったので、10人以上のテレホンアポインターを雇っていた。
しかし、マイラインなどがなくなったことから、事業を継続することは困難だ。
しかも、資本金もほとんど残っていない。
家族とも、色々な金銭的な問題もあり、もめてしまった。
会社自体がうまくいかず、今後の見通しも立たないという、事業を辞めたい。
ただ、賃貸契約上、今テナント退去すると半年分以上の家賃が発生してしまう。
なので、事務所を引き継いでくれる人間を探していた。
------------------------------------------------------
という内容である。
その話をしていく中で、私の話もしていった。
自分がなぜ独立したか、父親が商売を失敗して自殺したことなど、赤裸々に語った。
すると、あるタイミングで、
「実は・・・・・」
「自分、死にたいんです。」
といいだした。
「?」
と思ったが、話を聞いた。
すると、
「もう家族とは内部的には離散している。
もう事業意欲も無い。
なにせ、売るものがない。
自分には、夢がもう見えない。
それならば、大事な家族に、生命保険だけでも残して死にたい。」
というのだ。
そこで、私は、自分の父が莫大な借金を残して、自殺した過去もあるので、
突然ブチ切れてしまった。
「おい、ふざけるな。一番簡単なのは、死んで逃げることなんだ、家族の事を考えてるだ?」
「お前みたいなやつを偽善者っていうんだ・・・」
とかなりの勢いで、説教をした。
3-4時間は、説教していたと思う。
というか、本当に自殺というのは、安易なのだ。
生きることの方がよっぽど大変だ。
それよりも、残された家族の気持ちが痛いほどわかる自分にとっては許せなかった。
しばらく説教したあとに、
きちんと話をした。
もし、死ぬ覚悟があるならば、事務所はこちらで借り上げるので、
私の会社の商材を売ってみないか?
という話をした。
「そんなに捨てたい命なら、おれに命を預けてくれ」
という話をした。
たぶん、びっくりしたんだと思う。
自分の息子としてもいいくらいの人間が、突然ぶちきれたのだから。
ただ、そんな人間関係もいままでの人生でなかったんだと思う。
「ありがとう」といって泣いていた。
そして、それから、Kさんは一緒の事務所で仕事をすることになった。
当然、うちの会社としてもいいチャンスだと思った。
若い会社なので、大きな会社に勤めていた経験のある人間が少ない。
だから、いわいるガバナンス部分に弱いのだ。
Kさんは、管理職タイプだったので、逆にノウハウを取り込もうと思って、出資をもらい取締役に入ってもらった。
part2 へ続く
ある一人の人間にあった。今は、亡き 「Kさん」という去年で50歳の方だ。
Kさんは、中央大学の法学部を出て、大手上場消費者金融Pのかなり上席の方まで行き、
そのP社と、UFJ銀行などでつくった、電話やインターネットをベースにしたMという消費者金融の会社の
東京支社長等をしていたらしい。
年収もかなり良く、いわいる勝ち組としての人生だったようだ。
友達もどこどこの頭取、どこどこ航空の取締役といった方ばかり。
ただ、北海道に赴任していたときに、家を買い。子供、奥さんなどの家族も、北海道にいたため、
家族と会えないことを悩み。
結果として、いまから数えると3年前に、早期退職で退職し、北海道に戻り。独立した。
その会社は、コールセンター業務を行う会社で、KさんがM社にいた時代にいたノウハウを活かして起業した形になる。
そのKさんが、私の事務所のポストに、「事務所を引き継げる方、募集。」
というチラシをポスティングしていた。
私は、その時にちょうど事務所を拡張しようとしていたので、
その話を聞いてみる事にした。
そこではじめてKさんに出会った。
最初の印象は、「人の良いお父さん」だった。
ただ、元気はなかった。
色々と話をきくと、こういうことらしかった。
----------------------------------------
独立はしてみた。
しかし、以前の職場から当てにしていた仕事がこなかった。
最初はマイライン等の案件があったので、10人以上のテレホンアポインターを雇っていた。
しかし、マイラインなどがなくなったことから、事業を継続することは困難だ。
しかも、資本金もほとんど残っていない。
家族とも、色々な金銭的な問題もあり、もめてしまった。
会社自体がうまくいかず、今後の見通しも立たないという、事業を辞めたい。
ただ、賃貸契約上、今テナント退去すると半年分以上の家賃が発生してしまう。
なので、事務所を引き継いでくれる人間を探していた。
------------------------------------------------------
という内容である。
その話をしていく中で、私の話もしていった。
自分がなぜ独立したか、父親が商売を失敗して自殺したことなど、赤裸々に語った。
すると、あるタイミングで、
「実は・・・・・」
「自分、死にたいんです。」
といいだした。
「?」
と思ったが、話を聞いた。
すると、
「もう家族とは内部的には離散している。
もう事業意欲も無い。
なにせ、売るものがない。
自分には、夢がもう見えない。
それならば、大事な家族に、生命保険だけでも残して死にたい。」
というのだ。
そこで、私は、自分の父が莫大な借金を残して、自殺した過去もあるので、
突然ブチ切れてしまった。
「おい、ふざけるな。一番簡単なのは、死んで逃げることなんだ、家族の事を考えてるだ?」
「お前みたいなやつを偽善者っていうんだ・・・」
とかなりの勢いで、説教をした。
3-4時間は、説教していたと思う。
というか、本当に自殺というのは、安易なのだ。
生きることの方がよっぽど大変だ。
それよりも、残された家族の気持ちが痛いほどわかる自分にとっては許せなかった。
しばらく説教したあとに、
きちんと話をした。
もし、死ぬ覚悟があるならば、事務所はこちらで借り上げるので、
私の会社の商材を売ってみないか?
という話をした。
「そんなに捨てたい命なら、おれに命を預けてくれ」
という話をした。
たぶん、びっくりしたんだと思う。
自分の息子としてもいいくらいの人間が、突然ぶちきれたのだから。
ただ、そんな人間関係もいままでの人生でなかったんだと思う。
「ありがとう」といって泣いていた。
そして、それから、Kさんは一緒の事務所で仕事をすることになった。
当然、うちの会社としてもいいチャンスだと思った。
若い会社なので、大きな会社に勤めていた経験のある人間が少ない。
だから、いわいるガバナンス部分に弱いのだ。
Kさんは、管理職タイプだったので、逆にノウハウを取り込もうと思って、出資をもらい取締役に入ってもらった。
part2 へ続く