向上心
僕にとっては本当に無縁なもので
今までこれを原動力に何かを頑張ったことが生まれてこの方一度もない。
「もっと認められたい」
「もっと上手くなりたい」
「負けるのが悔しい」
そうは思わない
そっか、そうだねって
そう思うことはいいことだよねって
そんな感じ。
義務教育課程でやれと言われたことは殆どやってきた
特に苦手な勉強もなかった
当たり前のことを当たり前のようにやるだけで教員はそれを褒め
学級委員でもやってくれと言われ、やった
真面目さと正義感の強さだけが取り柄だった
自発的にやろうと思ったのは楽しそうだからという理由で始めたアイスホッケーぐらいか
それも小学校一年生の頃の話。
兎にも角にも日常があまりにも詰まらないなと思った
死にたいと言って母親を泣かせたこともあった
高校へ行き義務教育を脱した開放感に満ち溢れ
ひたすら自分の虚無感と向き合っていた
義務ではなくなった勉強はする気も起きず
入学当初の学力テストの成績のよさはどこへやら
1年の2学期以降は下から数えたほうが早かった
2年以降はほぼ最下位だった
向上心のなさは大学受験にも響き
努力しないで入れるような大学に進学
偶然にもボランティアに出会い人のためになっている自分に安定感を見出す。
せっかく始めたことだからと真面目に取り組む
いろいろあってからも前向きに取り組んだ
今までの俺の人生ってそんなもん
悲しいほど何もない
もちろん楽しいことは数えきれないほどあった
高校入ってからは遊ぶ時間があってお金もあって
友人たちとの楽しい時間を満喫できた
それでも自分に対しての欲は何もない
いくら表面取り繕ってもだめで
在りたい自分像を自分として表現してきたけど上っ面ばかりで
きっとみんなの知っている須藤よりも実際の須藤は空っぽだ
どこまでもからっぽ。
つくづく自分を存在価値のない人間だと思う。
「向上心のないものは馬鹿だ」
先日、夏目漱石の『こころ』を読んでいてこの一文にこころを抉られた
じゃあどこに自分がいるのかというと
楽しいことが好きだ。
そこにしかいないと思う
そのタノシイはもちろん時間を消費する遊びも含まれているけれど本質は
"ワクワクすること"
思い返せばアイスホッケーをはじめたのはワクワクしたからだ
そして今、ようやく向上心の孕むワクワクを見出した
葉田さんと光一さんの企画に携わっていること
自分の未来を明るく考えられたこと
この二つ。
尊敬できる先輩方と一緒に何かをできること
そしてなにより少しでも自分を必要としてくれたこと
僕は今までの自分を懸けてみる
ここで努力できなければどこに行ってもできないだろう
もうひとつ、自分の未来とはつまり結婚
結婚願望は前々からあった(子供が欲しいというだけの理由)が想像したことはなかった
僕は誰かを幸せにできる人間なのだろうか
なんて考えて諦めていた
そして今、2年間の休憩を経て探し出した相手がいる
理想的な未来を実現させるため、その相手のためなら俺は頑張れると思えた
つまり向上心が芽生えた
これは僕にとって相当に大きな変化であり大切にすべき感情
僕は自分のためには生きれないのだろうか
「誰かのためすなわち自分のため」という考え方は理解できるが
やっと芽生えた向上心もすべて相手がいることで成り立っている
誰かに依存しているのは、状態として美しくない
そんなこと悲しいほどわかっている
でもいまはここで頑張ってみようと思うんだ
何かが見えてくるといいな。
立ち止まっていては同じ景色しか見えない
歩くんだ