今日は、近所のお寺で聞法会がありました。



こういうの興味があるので行ってみました。勤行(読経)のあとは住職さんの法話の時間でした。仏教にちなんだこぼれ話から、お経のなかの一節の説明など。

昨今の痛ましい事件に絡めて、人間は遇縁存在であるという話がありました。頭ではやっちゃいけないことだとわかっていても、そういう縁に触れたら自分だって何するかわからんよ、と親鸞上人は繰り返し言うらしい。
自分が過去に人にされたことに当てはめて、もし自分があのときのあの人の状況だったら…多分しないけど絶対しないとは言えんな、と思うところがありました。

住職さんは分かりやすく、言葉を置き換えてお話してくれました。世の中には時間が二種類あるそうです。

1.クロノスの時間(世間道。一般的な時間の流れ。)
2.カイロスの時間(出世間道。こういう、法話など聴く時間。最近クロノスの時間に押されて弱々しい)

仏教は願い事を叶える教えではなく、課題を解決はしてくれない。
課題を受け止めてそれに向き合い、自分で人生をまた始めるための教えである。
クロノスにだけいると、自分がクロノスにいることも自覚できないから、カイロスの価値観に触れてから、またクロノスに戻って生きる時、阿弥陀さんは隣にいてくれますよって話でした。

通夜なしの一日葬や直葬が増えているらしいですが、ご先祖様に感謝して、カイロスの時間も大事にしないといけませんね。

面白かったし、集中して話を聞けて良かったおねがい