初めまして

 

今まで突っ走って来たんですけど

時間に少しゆとりが出来たので、日記みたいに覚えている事を書き留めたいと思います。

 

まず、はじめに

私の自己紹介を身バレしない程度にボヤ・・・かしても分かる人には分かるんですが

 

小学生の頃から、ゲームがとても強く毎年のように全国大会に招待されていた。

今は、会社を経ち上げ、ゲーム業界の最前線で戦っています。

 

小学生からずっと、ゲームでお世話になったライバル、友達、ゲーム企業の人が大好きで

いつか

 

全てのゲームで人と人が繋がるきっかけができるプラットフォームを作るために。

 

今も暴走したように突っ走っています。

 

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学生のころ、ゲーム企業だけを目指してたが

じいちゃんにゲームの専門学校への入学を拒否され、4年生の大学へ通いながら

毎日、授業をサボってアルバイトすら行かず、オンラインゲームを遊ぶ日々。

 

そのゲームの世界でも学生ながらトップチーム300人の副リーダーをしていた。

 

一人で遊べるそこそこ簡単なダンジョンにパーティーを募集している人が居たので

「たまには、チームに勧誘してみるのもいいか」ってノリで、パーティーに参加し

 

4人分ぐらいにはなる、圧倒的戦闘力を見せつけてあっさりクリアしドヤ顔しながらチームへ勧誘。

 

こうやって、日々メンバー拡大に努めてた。

 

それから、ゲームに必要なアイテムを周回し、手に入れるため

副リーダーであった自分は、別の300人チームを立ち上げ、2ちゃんねるに書かれるほど有力なチームを組織。

 

最初は良かったものの、ライバルチームのスパイであろうプレイヤーにチーム内の書きこみを2ちゃんねるで晒され

粘着気質のある嫌がらせを受けるようになった。

 

自分のみならず、チームメンバーも書き込まれ、グループが崩壊チームが散り散りになった。

そこで、大学も留年が決まり、人生どうても良くなっていた。

 

「どうせ、4年生の大学からなんて、ゲーム会社に入れるわけないし、人生どうでもいい、ゲームしよ」

 

炎上するリスクも考えていたので

以前副リーダーを務めていたアカウントでは組織しておらず、元の場所に戻った。

 

少しチームで手伝ってくれたメンバーには迷惑をかけたが、

目的だったアイテムは想定の7倍以上

チームメンバーのサブアカウントたちにも同様の恩恵を配布できたのでとても大きな収穫だった。

 

現実世界では、大学が定める進級に必要なギリギリの所で留年しておいた。

 

留年したのにはちょっとした理由がある。

1年猶予を作って、理系だったので4年生の大学からゲーム企業へ就職する方法探しのための時間を確保した。

 

「普通に4年生の授業に追われ、ギリギリで就職活動をしても無理」なら、

大学を辞めてでも

1年でゲームを作ったり、必要な準備をして、就職活動をしようと思っていた。

 

むしろ、4年がもどかしいので就職活動して、速攻で大学を辞めようと思っていたぐらいだ。

 

ゲームの世界で、引退を発表し、4年生の大学を捨てようとした時

冒頭で書いた勧誘した子に要約するが、こんな事を言われる

 

「行かないで。私、あなたの事が好きなのかもしれない」


無理、そもそも俺はイケメンじゃない。

ただ、ゲームが強く、ゲーム会社の公式サイトで紹介されている事をチームの一部は知っており、彼女もその一人だった。

お互いに、ネットの向こう側で実際会ったらブスかも分からん人と付き合えないって。

しかも向こう側は、東北。こっちは関西だ。

 

軽く断ったが、せっかくの縁だし、

LINEだけ信用できる仲間に交換していたので同様に交換した。

 

それから一週間が経過しただろうか。LINEの通知が届く。

「これからお祭り、行ってきます」という内容と、自撮りの写真。

 

・・・超可愛い(゜_゜)

 

遠いし、お互い若いし、ゲームの向こう側にいる人間なんて、一時的なもんだと思っている。

 

更に1ヵ月ぐらいが過ぎた時、引退したはずのチームリーダーから呼び出され、チームメンバーの人間関係で相談された。

 

その時、ゲームへ仕方なしログインしたら

その女の子、メイが「なんでログインしてるんですか!!」ってチャットで声をかけてくる。

 

ハイハイ・・・。俺は、忙しいんで。

そんな感じで適当に返してた。

 

メイ「会いに行ってもいいですか」

 

・・・?ハイ?

東北から関西へ?本気?

 

おうおう、来れるもんなら来てみろよ。本気度見てやろうやんけ。どーせ来れんだろう。

と思って、自分の都合の良い大阪の場所と時間を指定し、軽い約束だけした。

 

いわゆる、待ち合わせ詐欺が流行ってた時代だったので、一切信用してなかった。

 

ただ、本当に来たらってのはあるので

待ち合わせ場所に行ってみると。居る。明らかに

キャリーバックを引きずっている頼りなさそうな、落ち着かない小柄な子。

 

自撮りの子やん⊂⌒~⊃。Д。)⊃


んなもん。学生の俺にはびっくりだよ。むしろ俺より年下の子が一人で大阪まで来たんだから。

敬意というか、なんというか・・・。真っ直ぐだなぁ。

 

大阪を軽く案内しながら、話をしていくうち

「あ、これがデートか。」って気付く。

横でニコニコして笑う彼女、俺は急に恥ずかしくなってきて

 

「本当に付き合うの?遠距離だけど。」

確認しちゃった。

 

照れながら、横顔を覗かせて

メイ「でないと来ないです。・・・いい?」

 

・・・

 

ゲームの世界がもたらした、リア充へのきっかけだった。

 

ゲームを通じて人と人が繋がるって、感動だけじゃなく、恋愛も素敵だな。なんて。笑

初めて感じる瞬間だった。

 

ゲームしか無かった自分に、将来の事を考えさせてくれるきっかけをくれた。

 

 

それから、彼女を支えるためと、必死に努力して

アルバイトもはじめながら、4年生の大学を卒業、東京のゲーム関連の最大手会社へ就職。

 

 

一気にNEET路線から、駆け上がった。

 

メイ「ついに同棲だね」

 

待ちこがれた一つの節目

 

関西と東北。そう間を取って、東京へ就職と同時に、同棲を初めてスタートした。

 

ここから、一気に環境が変化する。

 

毎日「おかえりー!」と飛びついてくる彼女。

メイ「ご飯にする!?お風呂!?」

絵に書いた幸せな生活だっただろう。

 

「ごめん・・・、もう疲れたから風呂入って寝るわ」

 

新卒1年目、彼女のためにと

ゲームの新規事業立ち上げをしていた俺は、

帰って来るのが毎日23時過ぎ。

 

作ってくれたご飯もそっちのけで

沸かしてくれた風呂に入って寝るだけの生活になっていた。

 

ただ、土日のどちらかは彼女のために1日時間をとっていた。

 

ゲームの新規事業だったから、土日のもう片方はずっとゲームをプレイしたり、市場調査、感性も大事だ。

「仕事。」

これが言い訳になってしまっていた。

 

更に、入社して4ヵ月。

自分の入った会社が親会社に吸収される形で無くなって、親会社への勤務になったばかりの頃。

 

8月にある事が判明する。

 

メイ「子供、できたかも」

 

まじ?

 

正直、とってもとっても嬉しかった。

仕事ばっかり俺に、彼女が不安にならないか。少し不安だったこともあり

これをきっかけに結婚しようと思った。

 

メイ「・・・私はいいよ」

優しい笑顔で、こっちを見て涙目になってた。

 

この瞬間、不安が走る。

 

新卒で一人働きで、彼女と子供を幸せにできるのか・・・。

 

就職した会社は、みんなが目標にするような会社。

でも、現実の給料はそんなに甘くない。昇給幅もまだ4ヵ月、分からない。

 

彼女は賢くて、思いやりが深い子だったので

その涙目が、「どっちでもいいよ」

という意味で捉えてしまったのだ。

 

・・・今回は、諦めよう。

 

そう、次だってあるじゃないか。

それぐらいの知識しかない男の感覚はそんな程度でしかなかった。


産婦人科で、お互いの同意をサインし手術。無事成功。

女性専用の病院だった事から

待っている間、近くのゲームイベントを見に出かけていた。

 

しかし、彼女はとても辛そうに、しかも棘がある感じの会話をしながら帰宅した。

当時は、手術の後遺症で、辛いんだろうな。程度でしか思ってなかった。

 

精神的、肉体的に負担をかける辛さを全く知らなかった。

 

そこからだろう。

彼女との距離が出来始める。俺は変わらず23時に帰る日々。

 

メイ「別れたい。」

そう言い出したのは12月25日、クリスマスのディズニーランドの帰りだった。

 

メイは、バイト先の友人の家に泊るようになり、家には一人。

家のことを任せていたので、はじめて家の中を見渡し直す。

 

彼女の実家から送られてくる農家の野菜たちのダンボールに新聞紙が乗っかっているのに気づく。

 

とてつもない量の芽が生えきったダメになったジャガイモ、傷んだリンゴが沢山あった。

それは、家庭を崩壊させていた自分が居たんだと、急に自覚して、胸が痛くなり、泣き叫んだ。


メイ「確かに貴方は賢いし、将来苦労しないでしょう。でも思いやりがない。」

それが最後のセリフだった。

 

そして、子供をおろした後にすぐだろうか。すでに他の男を作っており、出て行ってしまった。

 

・仕事と言い訳する

・一つの命を軽視した

・家の事を一切見ていなかった。

・そして、彼女の事を一切見てなかった。

 

本当に大事なモノってなんだろう。

俺って最低だ。

 

辛いまま、一人暮らしになり、仕事も上手くいかなくなり、

仕事でも上司や環境が変わって仕事がハードになり、
仕事が出来ない子と思われ、評価が下がり、

日々ただただ辛い、いわゆるブラック企業ぐらいのハードワークになった。

 

しかし、そんな時、思い出して気付かされる。

メイ「確かに貴方は賢いし、将来苦労しないでしょう。でも思いやりがない。」

 

仕事にとっても思いやりや意思疎通が一方通行になりがちな自分に気付いた。

 

もう何も無く、空っぽの中で無理やり狂ったように気を紛らわすため「ゲームの目標」だけを目指してた。

そう、彼女が言っていた嫌いな自分を直すためにも。


ゲーム・仕事として起点があった。

 

それは、ゲーム攻略サイトの運営手伝い、ゲーム攻略アプリの立ち上げというもの。

誘ってくれた先輩には、今とても感謝してる。

 

仕事人間として、思いやりという感情を知った1歳

そこで、大きなチャンス・成功体験をする。

 

2016年、世界で大ブームを起こしたゲームアプリ。そのサードパーティー。

いわゆる非正規のゲーム攻略系ツールの開発・運用プロデューサーに抜擢される。

 

そのツールは、日本で何十万人も使うアプリとして受け入れられ社会問題にまでなった。

 

超有名ゲームアプリにぶら下がる形ではあるが「ゲームを通じて人と人が繋がる」アプリを初めて作って夢を叶えた

Twitterでは、「このアプリのおかげで友人が沢山できた」という声も沢山。

 

夢も叶えてしまった。

”仕事人間”になって、気を紛らわせていた呪縛からも解放される。

守りたいものも、目標ももうない。

 

ただ、これはこれで幸せだった。

 

しかし1年も経たず、絶たれることになる。

 

非正規ツールなので、もちろん公式は良しとしない。

分かっていたが、ユーザー側からは使われるいわゆる「ゲーム攻略サイト」と同じような立ち位置で

グレーながらもバランスを保って収益を上げていた。

 

しかし、とある書き込みによって非正規ツールが大炎上

ニュースメディアにも書かれてしまい、運用している自分の会社も刺されてしまう。

 

もちろんサービスは終了。ゲーム部署も一気に縮小。

 

 

守りたいもの、目標もない。手元に何もない。

何も無い。

 

本当に何もなかった。

人生つまらなくなって、大学生のNEETに逆戻りした気持ちだった。

 

もう人生どうでもいいや。何も無いし。実家に帰ってNEETに戻ろう・・・

 

ある日、ゲーム大会関係の後輩からこんな事を言われる。

「〇〇さんの目指してたのは、そのツールの人たちだけですか?」と。

 

ここでハッと気が付いた。

そうだ。小学生の頃からゲームでお世話になった人たちへ届けるサービスのために努力してた事に。

何より、応援してくれる仲間が沢山いた事に気が付いた。

 

1つのゲームから全てのゲームで人と人が繋がるサービス・・・

 

そんな中、小学生の頃からの付き合いがあり、起業経験が2回ある友人(今の相棒)と2人で

起業を視野に、行動を開始する。

 

全てのゲームで人と人が繋がるきっかけができるプラットフォームを作るために。

 

つまり、壮大なSNSを作ること。運用サーバーコストは計り知れない。

 

その為に1クッション置いたビジネスを用意し、考案する。

 

それはゲームアプリの「ガチャ」を使った広告マネタイズ方法である。

ただ行うだけではない。

 

ユーザーを集め、将来のSNSへの繋ぎにもなる。

 

しかも、日本のゲームガチャ問題は深刻なものだ。日々、炎上し問題になる。

ガチャ操作プログラム問題の深刻度

東洋経済オンライン

 

日本のゲーム業界がパチンコ業界みたいになってきているとは良く言われる話。

 

そういった問題を解決するために

ガチャを実際に回して、本当に正しい確率であるか調査する機関作りだ。

 

このシステムを作るためのコストを調べるため

3大クラウドサーバーサービスの会社それぞれにサービスを説明し、見積もりを依頼した。

 

GoogleCloud MicrosoftAzure AmazonWebService

 

そして、うち3社のうち1社の代理店からお誘いが来る。

「うちの会社に来ないか」

 

それから1年、相棒と2人で転職し、1年間ガチャ確率を調べるシステムを作った。

 

そのサービスの社会性の高さから瞬く間に、応援してくれる仲間が集まった。

 

なんとゲーム最大手のCOO(最高執行責任者)の耳まで入り、共に

東京ゲームショウを主催するCESA(コンピュータエンタテインメント協会)にまで入る事が出来た。

 

そして、起業。

 

今、自分の会社は、政府のページにも紹介されるほどに認められ

システムの特許出願準備に追われている。

 

メイが立ち上げてくれたおかげで

当初の夢を叶えられ、感謝してる。

 

でもこれから先、更なる高いチャレンジをするぐらいしか、もう生き甲斐が無い。

 

・・・俺はどこ向かってるんだろう。

 

誰か止めてくれる人いないかな。

 

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メイの事を4年経った今も、時々思い出し

「おもいやり」4歳か。とため息を吐く。

 

今の俺なら、色々成長できたかな。

 

コレサワ:曲「恋人失格」

 

 

と、新しい守るべき人が現れるまでに出来るだけの事をして

過去の償いというか、、、

ただ、できなかった事が出来る自分であり続けたいと思ってる。

 

【読者へ】

ゲームは「感動」「出会い」「学び」が沢山ある。

 

逆に

「失敗」「苦労」「別れ」も沢山ある。

 

結局は「人」。

 

仲間とか恋人とか家族とか。

 

ゲームは1つのコミュニケーションツールでしかない。

スポーツも一緒。

 

だけど、ゲームには必ずレールが敷かれており、ゴールがある。

 

ゲームをプレイするだけじゃなくて

現実世界でどう生かせるか

見つめ直してほしい。

 

きっと、ゲームで得られる出会いや経験、可能性は無限大なのだから。