晩秋を迎えた北海道。

昔からこの時期~年末年始にかけて多くの新巻鮭が出回り、贈り物の定番となっていました。

最近はライフスタイルの多様性により新巻鮭を買い求める人も減少したようですが、その一方で近年は回転寿司の人気ネタNo1に挙げられる事も多いサーモン。

さてそのサケなんですが、ここ近年の秋サケ漁が大変な不漁続きとなっています。

サケの漁獲量は2002年の23万トンをピークにほぼ減り続け、2016年には遂に10万トンの大台を割り込みました。そして昨年の2020年は5万トンです。

北海道のサケ漁の現状は以下の記事で。

 

 

ところで、サケとマスの違いってご存知でしょうか?

そして、回転寿司では”サーモン”って言われていますけれど、それとサケの関係とか。

この記事ではそのあたりを整理してみたいと思います。

 

●サケとマスの違い

 

結論から書きますと、生物学的にはサケ(鮭)とマス(鱒)に明確な区分はないそうです。

 

こういう話を聞いた事があります。

日本で昔から遡上が見られたサケ・マス類はサケ(シロザケ)とサクラマスで、当時はサケとマスで区別するにはさほど問題はありませんでした。

しかし北海道の開拓が進み、特に道東方面で従来とは別種のサケ・マス類が発見され、その種はカラフトマスと名付けられました。

更に北洋サケ・マス漁が行われるようになると日本にはいないものも漁獲され、それらをベニマス、ギンマスなどと漁業者は呼び分けたそうです。この時まではサケだけが特別で、その他はすべて○○マスで統一されていたんですね。

一般にマスよりもサケの方が高級なイメージがあるので、ベニマス、ギンマスはその後、ベニザケ、ギンザケという名で流通されるようになりました。

 

さて、英語の「サーモン」と「トラウト」については、欧米では海に降りるものをサーモン、川など淡水で生活するものをトラウトとしている場合が多いようですが、あくまで生物学上の分類ではありません。

また近年は日本でもサーモン=サケ、トラウト=マスと認識している傾向が見られるものの、当てはまらないケースもあったりで(例として、和名:カラフトマス/英名:ピンクサーモン)、きちんとした定義がある訳でもないようです。

 

とどのつまり、日本を含め海外においても名称に混乱が見られるのは、命名当時は降海型と陸封型の生態がよく分かっておらず、降海型のサケ科の魚にもマスと名付けてしまった事にあります。種によっては降海型と陸封型とで別種と考えられたものもあったようで、これらの経緯が現在にまで至る「違いのあいまいさ」になってしまいました。

 

●生物学上におけるサケ・マス類の大別

 

日本に生息したり食卓に上がるなど日本人にとって身近なサケ・マス類は、下の4つの属のものになります(他にも属は存在する)。

 

「国立研究開発法人 FRA水産研究・教育機構」 FRANEWS Vol.16 (PDF)より

 

上図において、サケ属の事を「タイヘイヨウ(太平洋)サケ属」、サルモ属を「タイセイヨウ(大西洋)サケ属」という場合もあります。英語のサーモン(Salmon)がサルモ(Salmo)から来ているのはお察しの通り。

また、図中の( )内名称は、同種の陸封型の名称となります。

更に図中のサケはシロザケの事であり、カラフトマスは別名アオマスやピンクサーモン、ギンザケは別名シルバーサーモン、マスノスケは別名キングサーモン、アトランティックサーモンは別名タイセイヨウサケ、オショロコマは別名カラフトイワナとも呼ばれています。

近年は欧米読みする事も増えてきた為に呼び方が複数となり、かつ降海型と陸封型とで別名になってしまうものもいるので、何だかややこしくなっていますね。

 

※10/31追記

図が被ってしまいますが、魚種別分岐表があったのでこれも掲載します。

アユなどとの関係性も分かりやすいです。

 

 

遺伝子情報から見たサケ科魚類の分岐図(「マルハニチロ」HPより)

 

分類は1996年段階のもので、目・科・属は最新の研究により、常に見直しされています。例えばその後、サケ目に含まれていたキュウリウオ科とシラウオ科は現在、キュウリウオ目となっています。

 

 

 

サケの立派な仲間であるヤマメ(左)とオショロコマ(右)。

共に養殖ものです。遺伝的にはヤマメの方がシロザケに近いんですね。

 

●降海型と陸封型で名前が変わる主な魚種

 

釣りをする人ならばよくご存じなのでしょうが、改めて簡単な表にまとめておきます。

 

 

梅之助は最近までヤマメやイワナ(エゾイワナ)に降海型があって、より巨大なマスになる事を知りませんでした。本当に降海型と陸封型とでは姿(特に大きさ)が変わってしまいますね。

因みにそれまで川にいた幼魚が成長に伴い、降海準備の為の銀毛化変態をスモルト化と呼びます。

 

●回転寿司の”サーモン”はどれ?

 

 

特別な表記がない限り、一般に回転寿司やスーパーで売られる刺身の”サーモン”は養殖のアトランティックサーモンと、海水で養殖したニジマス(食材としてトラウトサーモンと呼ばれる)の2種が多く使用されているそうです。共にノルウェーやチリなど海外からの輸入が殆どで、ニジマスに関しては国産養殖も行われているものの、まだ輸入ものに比べて生産量も少なく、加えて高価なのだとか。

昔は寿司や刺身にサーモンなどはあまり見られなかった記憶が年配の人には多いと思いますが、それは天然のサケ・マス類にはアニサキスなどの寄生虫が宿っているケースがあった為に避けられていたのが理由となります(※寄生虫は加熱するか、-20℃以下で24時間以上冷凍すると死滅する為、北海道ではサケを冷凍にして薄切りにするルイベという刺身が昔からあった)。

しかし近年、特に海外の養殖技術の発達により、寄生虫の心配をする事なく生食が出来るサーモンが登場しました。世界でサーモンの生食が広がったのは、主にノルウェーが日本にサーモンを食べてもらおうとしたのが発端です。

 

では他のサケ・マス類が日本ではどのような用途で使われているかを、身近な例で挙げてみます。ニジマス(トラウトサーモン)の養殖事業を行っているFRD魚類研究所さんのYoutube動画によると、

 

コンビニなどの紅鮭おにぎり → ベニザケ

そこそこの幕の内弁当で美味しそうな焼きサケが入っている場合 → ギンザケが多い

格安回転寿司のイクラや、ホテル朝食バイキングの小さい焼きサケ → カラフトマスが多い

 

そうです。

尚、ベニザケもギンザケも日本の河川には遡上しません(ベニザケの陸封型であるヒメマスは北海道の阿寒湖とチミケップ湖に生息していた為、そこを起点として明治期以降に国内の幾つかの湖に移植されている)。また国内で流通するギンザケは養殖ものが多いようです。

 

 

養殖(淡水)ニジマス(上)と、その刺身(下)

 

●高級なサケ

 

美味で高級とされるサケに、ケイジ(鮭児)、トキシラズ(時不知・時鮭)、メジカ(目近)というものがあるのを聞いた事があると思いますが、これらは全てシロザケになります。

 

・ケイジ

アムール川などのロシア生まれ。サケは通常、平均して4~5年で戻ってくるところ、ケイジは生まれて2~4年の段階において、日本で産卵を控えた秋サケに紛れて捕獲されたものです。産卵まで相当な時間がある為、卵巣や精巣が未成熟でまだ雄・雌の区別もつきにくい未熟な若いサケです。

まさに「鮭の児」という字のとおり、生殖巣に栄養が取られていない分、小ぶりではありますが脂肪たっぷりで身も締まった美味しい味覚です。

 

・トキシラズ

ケイジと同じくロシア生まれで、5~7月頃にまだ生殖巣が未熟な状態で北海道沿岸で混獲されたものです。産卵準備中ではあるが実際の産卵までにまだ時間があり、栄養や脂が生殖巣にさほど取られていない段階なので、ケイジと同じく脂の乗りが良いのが特徴です。

呼び名からも分かるように、秋ではない季節に間違えてやってくるサケという意味ですね。

トキシラズはその年に産卵するものが早く捕獲されてしまった個体、ケイジはその年に産卵しない若いサケが捕獲された個体、と考えたら分かりやすいでしょう。
 

・メジカ

ケイジやトキシラズとは異なり、生まれは日本で、特に本州の日本海側だと言われています。それが母川目指して回遊中に、北海道オホーツクなどでの秋サケ漁の網にかかったものになります。産卵が近くに迫っていますが、それでも北海道で産卵する秋サケなどに比べるとまだ時間が残っており、しかも性的に成熟する直前なので、栄養を蓄えて脂が乗っています。

眼が近くに寄っているように見える事から、メジカと呼ばれます。

 

この3つはサケのライフサイクルの中で、どの状態の時に捕獲されたものか?で決まる事が分かりますね。

価格順に3つを並べると、こうなるそうです。

 

ケイジ>トキシラズ>メジカ>一般の秋サケ

 

先日、回転寿司で見かけた「銀聖(ぎんせい)」サーモンは北海道の秋サケを代表するブランド名で、日高沖産の秋サケの中から厳格な基準のもとに厳選された個体(割合は3~5%程度)なのだそうです。

北海道内の秋サケブランドは他にも羅臼産の「羅皇(らおう)」、雄武産の「雄宝(ゆうほう)」、大樹産の「樹煌士(きこうし)」があって、それぞれ厳格な基準が定められています。

 

上のブランドは天然シロザケのプレミアムブランドですが、現在サケ・マス類の海面養殖が全国各地で行われており、それぞれの地域ブランドとして出荷されるものも増えています(人為的な交配種を含む)。

 

●サケは白身魚に分類される

 

海洋生活中のサケは銀色ですが、産卵で河川を遡上し始めると婚姻色という赤や黄、黒の縦じま模様が体に出現します。更にオスの上下顎先が伸び曲がってきて、とても”厳つい”顔立ちにもなります。

このような状態のサケは「ブナサケ」とか「ブナ毛」と呼ばれ、脂や栄養が身から抜け出ているのでブナ化が進めば進むほど味覚は著しく低下します。

本来サケは白身の魚であり、私たちが通常食べている身が赤いのはサケが主に海で甲殻類を好んで食べているからだそうです。甲殻類に含まれるカロテノイド系のアスタキサンチンを体いっぱいに蓄えた結果、その色素によって身が赤くなるんですね。健康への意識の高い人はご存知でしょうが、アスタキサンチンは抗酸化作用がある事が知られており、過酷なサケの一生を体内から下支えします。

しかし川に入ったサケは食事をする事もなくなり、特に産卵・放精後は体内に蓄えたアスタキサンチンやその他の栄養分も全て使い果たしている為、その身も白くなってしまうのだとか。

大抵のサケは産卵・放精の数日後に死んでしまう事を考えると、サケが子孫を残す行為は何と壮絶な事でしょう。そして映像でよく見かけるその時の姿は、満身創痍でボロボロになりながらも、余りに感動的です。

 

●サケ・マスの降海習性は氷河期の名残り

 

太古の昔、魚の祖先は海で繁栄していましたが、進化の過程で一部の種類が川でのみ生活するようになりました。サケ・マスの祖先もそうした種の一つだったのです。

しかし地球に氷河期が訪れ、地球全体の気温が下がるに伴い川の温度も下がった事で、魚の餌が激減。この生活環境を打破する為に、サケ・マスの祖先はより餌が豊富な海に向かう事を選び、降海習性を獲得したのです。

やがて氷河期が終わり地表が暖かさを取り戻した以降も、サケ・マスは海で成長する習性を維持したままの種として、現存する事になりました。

陸封型が存在するのは、DNAが大昔に純粋な川魚だった頃の事を覚えているからかもしれませんね。