2025.10.07 12:30

前回8月下旬の書き込み直後ノートPCの液晶画面が壊れてしまったため今日まで書き込み出来ず。

その間に2度の心臓のカテーテル手術を受け5日に退院しようやく解放されました。

7月の初入院以来毎月1回の入院をして病院が別荘みたいになってました。

病棟は循環器内科と腎臓内科が同じ階なのでスタッフさん達とはすっかり顔馴染みになっていて今回も仲良くなったナースさんたちがお世話してくれました。

これまで直接担当にならなかったナ―スさんも顔を覚えてくれていてすっかり常連になったみたい。

このあと後1回入院があるかも。

2025.8.16(土) 晴

今日もありがたいことに比較的過ごしやすかった。

土日は透析がお休みなので次回に備えてお供の準備を。

透析初心者のおいどんはまだ透析時間は3時間。

それでもベッドで横になっているのですること言ったら天井を眺めるかダイアライザーのフィルターで浄化されている赤黒い自分の血液を眺めているくらい。

そこで透析時間を有効利用して音楽を聴いている。

最初はモーツァルトの後期のイタリア語の3作品を聴いていたが結構疲れる。

そこでCDをmp3に変換していろいろピックアップ。

これまで日本ビクターのレコードで音質が悪く敬遠していたRCA Living Stereo シリーズがリマスターされているので聴き直している。

これらの録音はステレオ最初期のもので1955年から60年ごろのものだが全く古さを感じず迫力満点の演奏が聴ける。

ステレオにシフトする直前に引退したトスカニーニがあと3年頑張ってくれていたらと思うと残念ではあるが最後の録音が唯一ステレオで録音されていたことは唯一の救い。

当時は各レコード会社が指揮者や演奏家と専属契約を結んでいてRCAはライナー、ミュンシュ、ハイフェッツ、ルービンシュテインなど錚々たる顔ぶれ。

今回はその録音の目ぼしいところをピックアップしてmp3化してICレコーダーで聴けるようにした。

驚いたのはあのざらざらしたビクターレコードの音とは違いなんとクリアーな音質だこと。

でもCD初期のものもあまりほめられた音質ではなかった記憶が。

これならもっと早くに米盤のレコードを試しておくべきだったかと後悔しているが、でもこれから透析中にお世話になるからまぁいいか。

 

​​​​​​2025.8.15(金) 晴 

今日も暑くなりそうだ。

朝のうちに洗濯を済ませて透析へ。

今日はレントゲン検査の予定。

7月の入院前日から入院中にすでに4回撮影しているので今日が5日目となる。

こんな短期間に5回のやって大丈夫か?

まぁでもクリニックでは2か月に1回の撮影があるのでここだけでも年6回はやらねばならない。

 

それはさておき、腎臓患者にはいろいろ制限があって大変。

この暑い時期でも1日の水分摂取量は原則的に1000ml、または1日の排尿量+500ml。

これまで1日3000ml以上飲んでいた身にはこれは辛い。

しかしいろいろ工夫して何とか対応できるようになった。

しかし抹茶や青汁はNGだしジュース・スムージーの類も量制限的に摂取は難しい。なので基本的に水、煎茶、麦茶、プーアル茶、ウーロン茶で攻めるしかない。

大の甘党には非常に厳しい!

次に塩分制限で1日6gまで。早い話が小さじ1杯ちょいだけ許される。これは醬油などの調味料に加え加工食品に含まれている塩分も入るわけで3食の食事でこの量はほぼ調理の際味付けできないに等しい。

普段目分量で調理していたので計量スプーンはどっかにあったかなという状況なので買ってこないといけない。

小さじではなくもっと少量計れるやつを。​

この暑い夏に水分と塩分の制限は地獄のダブルパンチだ。

その次の問題なのがカリウムとリンの摂取量でカリウム1500mg、リン700mg。

これらは栄養士さんからもらった冊子に主な食品の含有量が載っているがそれ以外の材料も使う訳で完全に把握出来ていないので今のところアバウトにやっているが血液検査では基準値内に収まっているので問題無さそうだが食品成分表を買ってこないといけない。

そういう訳で食事量も制限だらけ。

 

なので当初腎臓病食の本を買えばいいのかと思ってフライングで買ってしまったが透析食は別物ということで本屋で探してみたがまだ入手出来ていない。

ネットで注文すればよいのだが今年はアマゾンで送り付け詐欺にあってアカウント停止中だしクレジットカードはスキミングされたらしいので解約した。嫌な世の中だねぇ。

2025.8.14 (木) 晴

暑い夏が戻って来た。

今日は40日遅れで認知症検査と高齢者講習を受けて来た。

本来は7月4日に予約してあったのだが直前に強制入院になってしまったので退院後改めて予約をし直して本日になった次第。

3年前は府中の試験場で認知症検査を受け後日教習所で高齢者講習を受けるという二度手間だったが今回は教習所でどちらも受けられたので助かった。

検査も実車も無事終了して後は更新はがきを待つのみ。

やっと肩の荷が下りた感じ。

後は更新時の視力検査が最終関門。

最近視力低下が著しく多分裸眼では通らないだろうから眼鏡を作らなければ。

なにかと物入りではある。

これから11月まで3つの関門が待っているがそれが終わるまでの辛抱だ。

2025.8.13 曇

透析生活開始から1か月経過。

11日の採血の結果はほぼ正常。

これまでの特定検診では何かしら基準値オーバーが多く指摘されていたが完全無視だったが今回は命を救ってもらえたことで栄養指導をしっかり実践しているからか各種項目で基準値以内。こんなに早く結果に表れるとは驚き。

 

始めたときは血液流量が150ml/sだったのがその後増えて前回まで180ml/sに。そして本日は200ml/sに。

次回からはダイヤライザーが一回り太いものに変更。

折を見て流量を250ml/sに上げダイヤライザーももう一回り太いものにするとのこと。毎回知らなかった世界の新しい知識が増えてゆくのが楽しい。

 

透析時間は今のところ3時間だがその内4時間になるのかな?

 

時間中mp3プレイヤーで音楽を聴いているので長さは感じない。

初めはオペラだったが現在は様々なジャンルの音楽をμSDにコピーして聴いている。

Windows11は古いアプリが使えず不便なのはいただけない。

仕方ないのでswitchで変換しているが遅いのが難点。

今使えないでいるパソコンをなんとか復活させたい。

 

 

 

 

2025.8.12 その3

今回の入院で一番の悩みは各種制限が掛ったこと。

1 水分摂取量 1000ml  これまで日3000ml飲んでいた人間にとってこれは拷問に近い。

2 食事制限 塩分6g カリウム 1500mg リン 700mg

3 食事量についても ごはん160g おかずもいろいろ制限がある上に量もほんのちょっぴり 今までの1/5くらい

何日か経ってからごはんは200gに増量されたがおかずの量はそのまんま

慣れるまでに1週間以上掛ったがなんとか洗脳された

 

救いだったのは前にも書いた通り味付けがしっかりしていて出されたものものすべて完食!

 

困ったのは大好きな抹茶や果物の制限。

これまで夏になるとスイカを丸ごと買って2日で食べ切っていたのがスーパーで売っている小さなパックをOK2日に分けてならOKと。

バナナは1/3本、基本的に生より缶詰を勧められた。

缶詰でも みかん10個 パイナップル2切れ などなどちょびっと。

これはつらいねぇ。

 

そして入院中は水とお茶と麦茶以外禁止。生きた心地がしない。

それでも何とか2日間伸びて18日間の入院生活を乗り切った。

 

2日目からは車椅子生活ではなく自力歩行で動き回った。

水分が抜けていくに従い動きもよくなり退院時にはほぼ普通に歩けるようになった。

それもこれもリハビリ担当のH女史のおかげ。

ただ階段は無理。少しだけ練習したけど下りはいいが昇りが大変。普通に歩くことは普通ではないと実感!

 

10日に始まった1日おきの3時間の透析は苦痛ではなかった。

 

今回の入院でおいどんに携わってくれたスタッフは30人くらい。

みんな若くて優しくて親切。1回だけの人から複数回サポートしてくれた人までいろいろなわがままを嫌な顔せず聞いてくれたのには感謝しかない。

 

退院の数日前担当の先生から心臓の動きが悪いので予約を入れておいたので受診するように言われた。

それが5日で受診の結果21日から23日の3日間循環器内科でカテーテル検査をすることに。

病室は同じ階なのでまた美女たちに会えるかな?

 

そう言えば2日目に病室移動になり窓際のモノレールが見える部屋でラッキー。

 

今回の入院でイビキをかく人がほとんどいないのに驚き。

その代わり咳のすさまじい人、大声で騒ぐ人がいてイヤーマフを届けてもらって何とか過ごせがこの部屋でも都内のベッドのお爺さんが物凄く咳き込んでいて大丈夫かと思ったが同じ日に退院した模様。

 

現在は月水金の3日間午前中送迎付きで通っている。

こちらのクリニックもみんな優しくて親切。

院長先生に頼りっきりの透析生活である。

 

2025.8.12 その2

救急外来で説得され覚悟の入院生活が始まる。

当初の予定は2週間の入院。

いろいろの検査でいろいろな部屋へ。

まるで迷路のような作りの病院。

検査が終わり車椅子に乗せられ病室へ移動。

病院の脇にはモノレールが走っているが4人部屋の廊下側で見ることは出来ない。

11時に病室へ入ってすぐ点滴が始まった。

袋の中の多さから時間は掛かるだろうとは思ったが・・・

何と終わったのは20時過ぎ。

普段朝は食べないのでその日もいつも通りに。

結局空きっ腹のまま夕食まで我慢。

点滴しているとお腹は空かないと聞いていたがあれは嘘・・・

心配していた病院食は思いのほか美味しかった。

さて心配な夜になった。

ただでさえ普段静かな環境で過ごしている、それもこれまで集合住宅にも住んだことがない人間が4人部屋でたえられるのか?

それとおいドン自身ものすごいイビキで嫌われていたのでそれも心配。

緊急でいろいろ準備してくれた妹(入院経験豊富)がマウステープも用意してくれていたので使ってみたがイビキは書かなかった模様。それより隣のベッドの爺さん咳がすごくて寝られない。

おまけに利尿剤が効いて夜中に目が覚める。

 つづく

 

 

ここで病名は何だったか種明かし・・・慢性腎不全!!!

当初シャント手術してからの透析も選択肢にはあったが先生曰く それまで命が持つかどうか分からない。

そこで体調を考え1週間後に首にカテーテルを入れて翌日から透析を始めることに・・・

今回不思議だったのは手術に対して恐怖感が全く無く平常心でいられたこと。

入院当日73.6キロだった体重は1週間後には64・5キロにまで落ち骨皮筋右衛門状態に。早い話水ぶくれ人間だった訳だ。

そして10日に透析開始。開始前と終了後に体重測定がありこの日は400ml水分を抜かれて63.2キロから62.8キロに

 

 

2025.8.12(火)曇

いつ以来のブログだろう。

今年は元旦から可笑しなこと、初めてのことの連続だった。

1月下旬から3月中旬に掛け激やせして落ちていた体重が一気に15キロ増えそれに比例して体調が悪化。20日過ぎには1日に5回も嘔吐した。その頃には歩くのもやっとの状態。普段なら5分ほどの距離が15分以上掛り心臓がおかしかった。その後は30mほど歩くと息切れが。同時期ぎっくり腰になり杖を頼りによたよた歩き。みんなから病院へ行けと言われたが死ぬまで入院はしないと決めていたので我慢。

それから3か月余りなんとかだまし続けた体が悲鳴を上げ7月1日遂に病院へ。それも閉院時間ギリギリに電話したかまだ間に合うとのことで受診できた。そこで検査の結果の見て先生が紹介状を書くから明日必ず受診するように言明。

このままではもたないと・・・・

仕方なく紹介状を持って指定された病院へ。

紹介状のある人の受付で紹介状を書いてくれたクリニックへ確認すると言われたが生憎そこはお休みで救急外来で対応すると言われた。そこでいろいろ検査され強制入院させられることに。

初めに診てくれた先生曰くこのまま帰ったら2週間から1か月後にはあの世行きになると・・・

当然帰るつもりで行ったので何も準備なし。

そこからなんと19日間に及ぶ入院生活が・・・続く

 

2025.01.10

毎週楽しみに視ている 魚が食べたい。

今週は クエ を紹介していた。

 

貧乏なおいどんの口に入ることはまず無い。

 

魚屋でも見掛けない。

 

大昔渋谷の東急本店が開店した頃一度だけ売り場で見つけたので購入したことがあった。

 

その頃も高級魚ではあったが今ほど高価ではなくそこそこの値段で刺身と鍋用の切り身を買えた。

 

美味しい魚はいろいろあるが中でも抜きんでて最高。

 

食通たちがこぞって食するのが良く分かる。

 

自分の アラ 体験はその時だけでその後はお目に掛かっていない。

 

ネットで調べると万単位を出せば買えるようだがとてもじゃないが気軽にポチる事は出来ない。

 

もう一度味わってみたいが無理だろうな。

2025.01.08

年末クッキーを食べた時左上の歯がバキっと折れた。

折れたけど歯茎から取れず物を食べるたびにズキンズキン。

折角お正月の御馳走も恐怖になっていた。

もう年なので今回が最後と思い、例年より品数を増やしていたのが裏目に。

久々に作った栗きんとんも栗が固くて一苦労。

紅白なますさえ厳しい。

餅も口の右半分で何とか食べた。

苦闘すること10日間、さっき蜜柑を食べた時ぐらついていた歯を指で捻じってみたら見事に取れた。

この間幸いに腫れることもなかった。

 

おととい友人のお兄ちゃんも年末に歯茎が腫れあがってこれから歯医者に行くと言っていたが普段病気に縁のない人に限って休みの間に何ががあって通院できないことが多い。

 

兎にも角にも違和感無く物が食べられるのはありがたい。