さて、今日は三国志
いよいよ二張の登場です
孫策が遺言で、内は張紹に外は周瑜にと、後事を託された一人でもあります
とはいっても、彼は徐州の出身で、曹操の侵攻により江東へと難を逃れてきたのです
彼は名士として名高く、孫呉政権を確立する上で、非常に貢献しました
しかし、この時代の名士層らしく、皇帝を保護した曹操を漢王朝の輔弼と考え、それが赤壁での降伏論へと向かうのです
つまり、曹操により乱は治まったのだから、地方軍閥である孫呉は無駄な争いをやめて降伏すべきという考えなのです
ゆくゆく、この降伏論や彼の名声の高さが、孫権との確執になっていくのです
彼はどちらかというと、孫権に独立政権を樹立させようと考えていたようです
徐州での殺戮を彼は許せなかったようですね
陳宮などの臣下が曹操を見限ったのも、徐州の虐殺が原因なのでしょう
死に臨んで、王の業を建てるとして、建業を都にするべしとの遺言を残してこの世を去ります
これで内政を任される人材も十分に集まりました
もちろん軍師として遠征軍に帯同してもらうこともできます
徴兵を繰り返し、江東へ進出の準備を整えます