俺の名前は・・・カイル・・・たった今つけた名前だ。

なにせ、記憶を失い、自分が何者で何のためにここにいるのかすら分からないのだから。

呆然と舞い散る桜の花弁を眺めていると、マナという少女が話しかけてきた。

見知らぬ土地で人恋しかったのだろうか、俺は彼女と桜について語った。

そこへ、マナの父親ダグラスと名乗る男がやってきて、何やら俺に因縁をつけだした。

ああ、そうか、これが美人局というヤツか。

わずかな時間でも他人に心を許しそうになった自分が腹立たしい。

マナとダグラスは俺を置いてけぼりに話を進めていく。そして、強引に俺を彼女が所有する牧場へと連れて行った。

正直逃げ出したかったが、ダグラスの腕は俺の胴ほどもあり、逆らえば何をされるかわからなかったので素直についていくことにする。どうせ、記憶も何もかもなくした自分だ。これ以上失うものといったら命しかない。


マナとダグラスに連れてこられた牧場は、荒れ果てていた。畑は石が転がり、雑草が生い茂る。

牛も鶏も羊もいない。そもそも厩舎すらないのだ。これで牧場といえるのか。

ここを自由に使っていいとマナが言う・・・。冗談じゃない。これでは、住むところだけは保証してやるから、牧場を使える状態までもどせという脅迫ではないか!

だが、行く当てが無いのも事実。うまく牧場を甦らせることができれば解放してもらえるかもしれない。

俺はとりあえずマナの提案にのることにした。

するとマナがクワとジョウロを俺に押し付ける。ああ、確かに。農具がなければ畑は耕せない。厩舎もなく家畜もいない以上、しばらくは耕作が俺の生活の糧となるだろう。マナからそれらを受け取ると、彼女は二つで100Gと俺に告げた。

俺の全財産は150G。有り金の3分の2を持っていかれるのは痛い。正直に全財産が150Gしかないと伝える。


50Gも残るじゃない。


平然と言い放った彼女を見て、俺は覚悟を決めた。いや諦めたといったほうが正確か。

「買い・・・ます」

こうして、俺の農奴としての暮らしが始まったのだ。辛く・・・苦しい・・・屈辱にまみれた人生の始まりだ。


何はともあれ、種がなければ作物は育てられない。

雑草と木の枝を取り除き、何とか一区画ほど野菜を育てられるスペースを作ることができたので、マナが営むという雑貨屋に向かった。

そこで俺を待っていたのは、甘くない現実だった。

春の季節、この季節に育てることができる作物の種、その一番安いタマネギの種すら690Gもしたのだ。

俺の財産は50G。これではいくら畑を耕しても何にもならない。むしろ雑草を生えやすくしているだけだ。

だまされた。俺はこみ上げてくるものを必死にこらえながら店を後にする。

牧場へと戻ってきた俺に、一つの考えが浮かんだ。

牧場に生えているタケノコを売れないだろうか。確かに栽培したものではないが、旬のものだし、種があれだけ高いならタケノコもある程度の値がつくかもしれない。

急いで俺はタケノコを収穫し、再びマナの店に戻った。


56Gです。


俺は自分の耳を疑った。俺が、苦労して採ってきたタケノコ8個が、たった56G・・・。これでは、種は買えない。いや、生活すらままならない。なにせ、この街では卵焼きすら1450Gするのだ。

だが、ここで買取を拒否されたら、俺は収入の道を立たれる。それは、それだけは・・・避けなければ。

「・・・はい・・・お願いします」

何とか声を絞り出す。マナから手渡された56Gが掌で、カチャリと冷たい音を立てた。心まで寒くなるようだった。

記憶を失う前の自分は幸せだったのだろうか。今の自分と比べてどうだったのか。

何を求めて、俺はどこへ行こうとしていたのか。それとも何かから逃げ出してきたのだろうか。

そんなことを考えながらその日は眠りについた。


後日のことだが、俺のタケノコは一つ300Gで店頭に並んでいた。

まだ、種は買えない・・・。




当然ですが続かないよ