『飛び降りたらトランポリン』
2008/6/3/(火)~6/8(日) 隅田川左岸劇場ベニサン・ピット
6/7、6/8の土日でマチネ・ソワレ4回拝見
脚本・演出・なるせゆうせい
出演・白川侑二朗/弓削智久/堀田ゆい夏/佐久間麻由/東勇気/小坂逸/沖本健吾/若狭ひろみ/安心くり太郎/斉藤きこり/石澤智/竹口龍茶/田中圭/寺岡哲/森原千佳/川村紗也/山口裕次郎
美術・袴田長武+鴉屋
照明・中村浩平/加藤学
全席自由・前売/当日4500円
【紹介文(チラシより)】
最後に奇跡しか信じられなくなった女の子と
最後まで自分しか信じられなかった女の子と
閃きを持ち続ける男。
【紹介文(WEBより)】
最後に奇跡しか信じられなくなった女の子と
最後まで自分しか信じられなかった女の子と
閃きを待ち続ける男。
・・・・・・さて、どちらが正しいでしょう?
観劇した後では「待ち続ける男」が正しいと思うのですが。
フライヤーが間違っているのはちょとセツナイですな。
【DVD予約販売あり】
3,980円 + 送料500円
キャストインタビュー、稽古風景、サプライズバースデー等の特典映像付
劇場でお申し込みのお客様には、抽選で20名様に今回のメインキャストのサイン入り色紙をプレゼント!
【ネタバレ感想などなど】
演劇を作り上げるって、難しいんだなぁ…としみじみ思った舞台でした。
アンケート用紙に「この舞台の満足度」を%で書く欄があったんですが、
一回も書けませんでした。難しいよ!
総合得点として数値を出すことが困難なんです。
部分部分はとてもイイ。でも終わってみたときの満足度が低い。
たとえば舞台装置。 すごくイイ。
舞台中央の空間を囲むように両脇から階段が伸びて奥で繋がっている。
その上下をフルに使って、画面分割のようにシーンを演出したり、
役者が駆け回ったり、奥行きを出したり。
衝立や障子の枠を配置して、和のイメージと障壁のイメージを交錯させるようなデザインもイイ。
たとえば照明デザイン。 シンプルに力強くて効果的。
舞台奥から客席に向けてのシルエット作りのライトは
正面席には目潰しになるので個人的には嫌いだけれど、
(角度を上手いこと工夫して目潰しにならずに効果的に使ってる劇団あったなぁ…どこだっけ。)
スポットライトの角度や、稲光フラッシュの使い方がかっこよかった。
たとえば衣装。 時代背景はイメージのみの『昔の日本』。
江戸時代~昭和くらいまでのいろいろがまぜこぜのなんでもありの上、SFも混じってる。
だから特に時代考証関係無しの和イメージのデザイン。中華もチラリと混じってたかな?
全体的に渋めの色合いで、デザインは自由奔放。かなり好き。
たとえば役者。 これはむしろメインより、脇を固める人たちがイイ。
一人何役もこなしてスムーズ。みんなエネルギッシュでよく動く。
舞台上から、ものすごく楽しんでる頑張りが伝わってくる。
こう並べてみると、すごくイイ舞台作品ですよね。
でも終わってみると満足度が高くないのは、主に脚本の問題。
ストーリーを追って観ていると、終わった瞬間に
「ええええっ、それで終わりでいいのォ?!」と心が叫ぶんです。
途中、(結果的に)ラスボスのような『土踏まず』さま(名前です)が
「これ大丈夫か?! ギャラリーついてきてるか?!」と客席に叫ぶシーンがあるのですが、
いえ、むしろアナタにはついていけてます、
置いていかれたのはメインキャストの思考の流れ、と心が答えました。
素人考えで察するに、1つのシーンの中で「ここで主人公にこんなこと言わせたらカッコイイよな」とか、
「この場面でこんなことやりたいな」とかいう観点重視で作り上げているのではないかと。
だから、部分部分はカッコイイのに、全体的な整合性に乏しい。
うん、主人公くん、それ確かにカッコイイけど、キミさっき言ってたことと今やってること違う。
流行り病の患者たちを、主人公・平賀伴内の発明品で全て殺してしまおうとする幕府の陰謀、
などという社会的な大きな話に、生き別れの親子の再会なんて劇的なエピソードが絡んで、
ダムを決壊させようとするラスボスとの対決!! と話が大きくなっていったのに、
ラストはものすごく局地的に、とりあえず主人公とヒロインは無事でよかったね、で幕。
ええええっ、結局主人公は患者たちを全滅させちゃったの?!
生き別れの親子の話はどうなっちゃったの?!
途中で死んだライバルのこと、主人公はなんとも思ってないの?!
決壊したダムの被害はどうなったの?!
そんな疑問に対する答え(結末)が何一つ提示されない。
つまり一つとしてカタルシスがないので、途中を楽しんだ割に腑に落ちないのです。
もったーいなーい。
もうひとつ、私としてはかなり致命的だったのは、セリフ。
ところどころで日本語が変。
一例としては、なかなかシリアスなシーンで 「では、何故ゆえに…!」
ふき出しましたよ。 かぶってる、「故」かぶってる。
この手の間違いは、たとえ脚本がおかしかったとしても、
稽古中に役者が指摘したりしないんですかね。
他にも、全体的に「それ字面がそれっぽいから言わせてるけど、
意味あんまり考えてないでしょ」というカンジのセリフがそこここにあるんです。
それらを聞くたびに「はぁ?」とひっかかって、話に置いてかれる。
また、劇中のキーになる(らしい)詩があって、主人公が諳んじるんですが、
『もし例えば目の前の暗闇が、ただ一片の夢だとするならば、
おっさんよ、二度寝をなさい。その一切をまどろみのせいになさい。
もし例えば目の前の暗闇が、ただ一瞬の現だとするならば、
おっさんよ、嘘をついて笑いなさい。この先百年のために笑い、
そして、大声で言いなさい。』
すみません、うろ覚えです。
そしてすみません、意味わかりません。
単に私が頭悪くてわからないだけだとしても、置いていかれたことにかわりはない。
キーになる言葉は、もう少しわかりやすく美しい言葉にしても罰は当たらないんじゃないかと思うのです。
着想はいい、演出はいい、デザインはいい、役者はいい…
このお芝居にただ一つ必要なのは、
脚本を読んで歯に衣着せずに校正してくれるご友人なのではないでしょうか。
「この日本語ヘン!」「これどういう意味?」「で?結局どうなったの?」
・・・・・・うーん、制作前に萎えるかな・・・