あの頃、私は、夜のヒットスタジオの構成作家だった、まだ河田町にあったフジテレビ第6スタジオ、ここが現場で、毎週はなやなかりし、昭和歌謡界のまっただ中にいた、といっても、歌い手さんと直接ふれあう事はそんなに多くなく、だいたい、その歌手の話題にする近況を取材するのはマネージャーさんで、西城秀樹さんには、天下井龍一さんという、そうヤングマンの作詞も手掛けたやり手のパートナーがいて、そのマネージャーから話を聞き、おしゃべりのネタを相談していた、ご三家の中でも、スタッフから守られるキャラの坊っちゃん郷ひろみさん、どちらかというと日本テレビ的な番組作りのほうが得意?で、夜ヒットとはそんな仲よし?ではなかったかもしれない野口五郎さん、西城さんの場合は、本当にいい青年でワイルドというキャラクターづくりから、もちろん、音楽、衣裳、インタビューの受け答えまで、天下井さんとの二人三脚で、西城秀樹というスターを1歩ずつ作っていったような気がしていました、決して器用ではなかった、とても、純朴そして、いい声、いい歌唄ってましたビックリマーク作家仲間でクイズドレミファどんをやってた松井さんは、西城さんの大ファン、ある時、特番で中野サンプラザかな?中継で、松井さんと私がいるスタッフルームに、日頃の感謝か秀樹さんからパフェが届きました、現場のゴタゴタしていた所へパフェ?たぶん松井さんがなにかの時にパフェ食べたいとでも言ったのを覚えていての事なのか、私たちはそのプレゼントに、今なの?タイミングの微妙、なんというか世慣れていない純朴さに、西城さんの人のよさとやさしさを感じていました、まだ、63才という若さ、私より年下だったんですねしょぼんその後、天下井さんは、プロデューサーとして、新しいお仕事をなさって活躍中とか、あの頃の事しか知らない私は、今、天下井さんがどんな気持ちで西城さんを見送るのか、あの時代をどんな風に思っていたのか、伺ってみたい気がしています私の秀樹お奨め曲は、「若き獅子たち」です。