表題はTIME誌(Asia edition)の3/12号のものです。
外国人記者が見た1年後の震災の様相は、日本人の見
方、報道の仕方とは違ってストレートな切込みでした。
物事はいろいろな面から見ないといけないと痛感します・・・
あの日、練馬区光が丘のオフィスで仕事をしていた時に
震災にあい、地下鉄が止まったため、バスでどうにか
成増まで行き、ネットカフェでtwitterで情報を収集しながら
一晩を過ごしました。
しかし翌日、JRが動かず、松戸まで帰れたのは夕方で
した。その時はここまで被害が大きくなるとは想像でき
ませんでした。そして、その後被災地支援で出張の日々
が続くことになりましたが、あまりの被害の大きさに、精
神的にもダメージを受け、偶然知り合えたラピス・ヤスコ
先生のアロマセラピーや、出張中の皆様の温かいコメント
でどうにか立ち直れた一年でした。先生および皆様には
心から感謝しております。
今、こうして生きてアメブロに投稿出来る幸せを感じており
ます。
あらためてお亡くなりになられた方への追悼の意と、被災
地の皆様にお見舞い申し上げます。まだまだ被災地の
復興は進んでおらず、支援をするにはこれから何をしない
といけなのか、そして災害への備えを決して忘れては
いけないと思います。災害は決して待ってくれないの
ですから・・
外国人記者が見た1年後の震災の様相は、日本人の見
方、報道の仕方とは違ってストレートな切込みでした。
物事はいろいろな面から見ないといけないと痛感します・・・
あの日、練馬区光が丘のオフィスで仕事をしていた時に
震災にあい、地下鉄が止まったため、バスでどうにか
成増まで行き、ネットカフェでtwitterで情報を収集しながら
一晩を過ごしました。
しかし翌日、JRが動かず、松戸まで帰れたのは夕方で
した。その時はここまで被害が大きくなるとは想像でき
ませんでした。そして、その後被災地支援で出張の日々
が続くことになりましたが、あまりの被害の大きさに、精
神的にもダメージを受け、偶然知り合えたラピス・ヤスコ
先生のアロマセラピーや、出張中の皆様の温かいコメント
でどうにか立ち直れた一年でした。先生および皆様には
心から感謝しております。
今、こうして生きてアメブロに投稿出来る幸せを感じており
ます。
あらためてお亡くなりになられた方への追悼の意と、被災
地の皆様にお見舞い申し上げます。まだまだ被災地の
復興は進んでおらず、支援をするにはこれから何をしない
といけなのか、そして災害への備えを決して忘れては
いけないと思います。災害は決して待ってくれないの
ですから・・
