破滅願望がある奴www
同士おらん?
以上、久しぶりの投稿がこれでした。
急に何?って思われるかと思いますが、これがあるかどうかで人生違ってくるんだろうと思います。
スポーツ観戦はわかりやすいですよね。皆、応援している個人やチームを期待しているために、勝つか負けるかに一喜一憂しているのですから。負けたらどうなるんだろう?って思って負ける人なんて、応援したくもないでしょうw
先の例に関連して、破滅願望と成功、これらの関係は、破滅願望が強ければ強いほど成功から遠のいていくという関係です。そして、成功と期待、これらの関係は、成功が少ないほど期待も薄いという関係です。
従いまして、破滅願望があまりに強いと、他人から期待されなくなるということです。他人からの評価を気にする人であれば、期待度が低いことは致命的かもしれません。ですが、大して、期待されなくなることは、そこまでデメリットでもありません。むしろ、肩の荷が降りるだけでなく、助けてくれる人が増えるというメリットもあります。
問題は、破滅願望と、期待されないことの両軸の歯車がかみ合わさったときです。このとき、他人から評価すらされませんので、自分で自分を不幸にする動力が増幅していきます。
そのときに至っては、自分の人生に花を持たせるどころか、ただでさえ無機質な生活が、自滅にエネルギーを使い尽くしてしまうために、燃料切れで冷えきった、錆びた鉄の塊のような人生になってしまっています。
つまり、ネガティブ思考が加速するあまり、心身が疲れはてて、その間にネガティブ思考が現実化してしまうということです。
そもそも、期待されていないことは、その当事者が、既に「裏切り行為」をしてしまったことを意味します。どういうことかと言うと、期待されていたにも関わらず、その期待を意識的、または、無意識的に裏切ったという遍歴があるということです。
そして、期待されなくなる行為とは、何も大胆な失敗ではない、驚くほどに簡単な行為です。それは、「止まる」ことです。行為といえるかは定かではありませんが、「止まる」状態が続けば、それは死に向かっているといえます。
言い換えれば、ずっと動かないと、生き物は餓死します。そんな当たり前の自然の摂理がまかり通る現実があることを踏まえて、それでもなお「動かない」人は、どうして期待されるでしょうか。
現状維持はまだ、最低限が保証されていますが、破滅願望は底が知れません。期待されないから、自己否定が始まる。自己否定から、自分を悪者に仕立てていく。それによって、さらに人の気が失くなっていく。
逆に、一筋の光がさすような期待をされたら、今度は裏切りたくなる(期待に応えずに停滞したくなる)。それで、期待されない自分を造り上げてしまう。そして、本当に他人から期待されずに自己否定…のように、破滅願望は人生に甚大な悪影響を及ぼします。
では、この負のスパイラルから抜け出すためには、どうすればよいのでしょうか。ひとつには、期待されないという前提のもと、期限切れ以外の失敗をしてみるという手があります。
失敗は成功の母、というのは、あくまで止まらなかった人たちに掛ける言葉です。ただ時間が過ぎただけの失敗から学べることなんかあまりに少ないです。むしろ、それでも死ななかったという成功体験であるために、たちが悪いものです。
動いてみる、これで、ネガティブ思考の速度も抑えられるでしょう。また、動いてみることで、「止まる」という名の被害者ごっこがいかに無益で、人生に必要のないものであるかを再認識するでしょう。
もうひとつは、自分の期待に自分が応えるということです。どうせ自分はこうだ、と決めつけるのは結構ですが、それで人生がメチャクチャになるのも自分のせいです。そうなる前に、自分の理想に貪欲になってもいいのではないでしょうか。
不幸な状態、幸せですよね。(文字に起こすと訳がわからないですが。)でも、幸せな状態は、それよりはるかに幸せですよ。どんな綺麗な後始末より、結果オーライです。
裏切りより人助け、停滞より、一番乗りの気持ちで、周りの人と心から笑える明日が来るよう、頑張っていい結果を残しましょう。


