憲法25条の生存権保障の規定に基く、国民に用意される社会的制度、施策である。


「健康で文化的な最低限度の生活」を保障することが、生存権の保障と目的なのである。


でも、健康で文化的な生活とは、どのような意味を持つのだろうか?


生活権を保障するものではないのか?


自らの力で、生活力が発揮できるための条件、基盤整理が必要なのでは?


社会的な自立が強要される社会における昨今、経済的な自立が前提になる。


しかし、経済活動に参加できる者のみに価値を見出すのには、市場化による生活の社会化となる。


社会から、一方的に支配され、操作される生存権では、家族個人の生活力は弱まってゆく。


生活の自立性が問われるのである。