とある病院のロビーに10年以上も飾ってあった父の油絵を返して貰った。

その絵を父に見せたが、余り記憶に残っていないようである。

中学生の頃、テレビばかり観ていた小生に、父が、こんなことを言っていた。

「チエとカラダは、この世で使え。おまえは、チエがないのだから、カラダをよく使って生きろ」

そんな教訓めいた言葉が、今でも心に焼き付いている。


そんな父だったが、絵を描いていた元気な頃に、風景画家ウィリアム・タナーの絵を見せてあげればよかったと思ったりもする。


今、小生にも、中学生の息子がいる。

ほとんどテレビを観ない。

ネットゲームに現を抜かす生意気な盛りである。

息子が、可愛い盛りだった小学生の頃に「リッチモンドの丘」と題したものを書いた。


・・病床の父を想い、机上のパソコンに向かう息子を想う。

嗚呼、「この世に居る限り、もっと、チエとカラダを使え」と言いたくなる。



「リッチモンドの丘」


いつか、KEW-GARDEN/キュウガーデンを散策しなさい。

一通り、花や植物の名前は、覚えておくとよい。

時期は、花咲き誇る5月から6月が、一番いいだろう。

それから、長靴も用意しておいた方がいいかもしれない。


君が、いつか旅立つ時には、ぼくは、もう年老いて何にも伝えられないかもしれない。

今のうちに、ママの前では、喋れない想い出話を記しておく。


リッチモンドの丘に立ってごらん。

キュウガーデンを出て、KEW-BRIDGEに向かう手前で、左に折れなさい。

すぐに、テムズ河にぶつかる。

そのまま、また左方向、上流に向かって川沿いをゆっくり歩きなさい。

だんだん泥んこだらけの畦道のようになっていく。


少し歩くと気がつくはずだ。

東の空から手が届きそうな高さで飛行機が頭のうえを通り過ぎる。

ヒースロー空港への到着便だ。

正確に間を置きながら、どんどん飛行機が降りてくる。


(あの頃は、コンコルドの機体を真下から見る事もできた。)


ゆっくり立ち止まって空を眺めるのもいい。

ジェット音が消えた束の間の自然の静寂さ、不気味さ、あるいは心地良さを感じるはずだ。

そして、またジェット音。

その繰り返しの間、君は、いったい何を考えるのか興味が湧く。


ゆっくりと歩いて、約2時間。

君は、リッチモンドの街に辿り着くだろう。

パパが、昔、暮した処だ。


もう、飛行機の音も聞こえない。

風の音も聞こえないはずだ。

ただ、街の音が、耳に憑くだけだ。


スコーンとTEAを、どこかで取りなさい。


そのあと、あの丘にのぼりなさい。

君は、あの丘から何を見るのだろう?

君は、あの丘で、何を考えるのだろうか?


君に、パパではなくて、お父さんと呼ばれる頃、この街のことをもう一度話してみたい。  



リッチモンドの丘


William Turner:Richmond Hill, 1819:


明日から11月です。

楽しいことが沢山ありますように!