例えば、信号のない交差点での譲り合い。
以前、優先を争って喧嘩になり、傘で相手を殺した事件が起きました。
普段は総じて善良な市民がこういった罠にはまるのは、日本があまりにも自由であるからでしょう。
これがドイツなら大きい車は小さな車に優先します。
儒教の教えがまだ生きている韓国では、年寄りは若者に優先するから、争いは生じなかったでしょう。
(もう、そんなことは、ナイ?!)
都会ほど信号機の数は多いですが、都会人の心の信号機は、いつも黄色の点滅ではないのかと映ることもあります。
「ちょっと待つ」ことが損したように思う事。
ここがポイントのようです。
この習慣を得に変える。
ウエーブを起すには、石(意志)を投じるしかないでしょう。
まず心に小さな石を投げて波紋を楽しみましょう。