参拝しました。

 

こちらの神社はやはり

 

奥がガラス越しで中が見えるようになっていねのが珍しいです。

 

兼務は芦別神社になります。

 

 

 

【由緒】


明治29年か30年頃、上芦別に入植し農場を開いた京都殖民協会が京都から天照大神・春日神社・大山祇命を奉斎したことに始まる。

 

大正2年、京都殖民協会農場を買い取った三菱鉱業は、この神社をそのまま山神として、鉱山の神社とした。大正5年

 

神社を里山山麓に奉遷、毎年盛大に山神祭を斎行していたが、地元住民も参加していたので

 

何時しか上芦別の郷土の神社となっていった。昭和5年、三菱炭鉱が閉山すると地元の人々によって祀られ

 

同24年の再開さらに39年の閉山と、祭典が行われなくなった。同45年、国道38号線の路線変更等があり崇敬対象のなくなった住民は

 

新たに現在地に社殿を新たに建立し神宮より御分霊を戴き、天照大御神を奉斎し現在に至っている。