統一原理の細かい部分を論じたとしても結論はみえてきません
人それぞれの解釈があるからです
枝葉的な部分ではなく、根幹的なところ
そこをお話ししたいと思います
だから本当に単純です
あとはそれをどう判断するかだけです
神は僕の立場と言われている天使に
なぜ大事な人間の養育を任せたのか?
あなたが神の立場であったとしたら
僕の立場と言われる天使に養育を任せますか?
私はやっぱり任せたくありません
人間にも劣る立場の存在に
情操教育が出来るわけがないと思うからです
ここで???ん?ってなりませんか?
これはどういうこと?
神は一体なにをやってるんだって
だめじゃんそんなんじゃ~!!って
思いません?
わたしはここが決定的な箇所だと思っています
人間の養育に携わるにふさわしい立場とは何か?
私は愛による情操教育が出来る立場ではないかと考えます
そうであってこそ、未完成の人間が愛でもって立派な人間として完成すると思うからです
本当はここで神に尋ねて、答えを聞きたいところですが
そうもいきませんので、推察の域とはなりますが
まず最初に
僕の立場と言われる天使に人間の養育を任せたというところは
あり得ないと思います
お話の設定として考えても、脚本の時点でNGでしょう
では本当はどうだったのかということについて考えてみたいと思います
人間の養育を任せられる立場=愛の情操教育を出来る立場
愛の情操教育を出来る立場、これは親の立場ではないでしょうか
天使の実の立場というのは、僕の立場ではなく、親の立場に立ちうる存在であった
だから神は天使に何の戒めも与えることなく人間の養育を任せたのではないかということです
神がいて、親の心情圏に立ちうる天使達がいて、人間がいたということになるかと思います
親の心情圏に立ちうる天使達とは、親の心情僕の体であり、子供のためには僕のように尽くす立場であり
だからといって人間よりも劣る立場ではないということです
堕落について考えてみたいと思います
愛の減少感でもって天使が誘惑したというところ
もうすでに脚本として考えてもNGです
天使はただただ親の心情の塊であり、愛で養育する立場なので
愛の減少感といわれても、???何それっ、意味わかんないって感じだと思います
愛の減少感は未完成の人間であれば感じたかもしれません
光り輝く天使のようになりたいってのはあったかもしれません
しかし、それを天使も感じるんだっていうのは
聖書や、それを元にした統一原理が、人間よりも見下した僕の立場として見ているがために出てきた論理であると思います
なので天使と人間の堕落というものはなかったと考えます
なので血統が汚れたとか、そういうのはないと考えます
堕落の原因は人間が神から離れたこと
この結果、未完成期の人間に性的堕落が生じたと推察します
性的堕落は結果であり、その根本的な堕落の内容は
神から離れたことです
神から離れたからこそ、そういう結果を生んでしまったといえると思います
だから、神の元に帰っていくことが大事であり、単純に言えば
その過程は天使さんごめんなさい、神様ごめんなさいで
いいんじゃないかなと思います
統一原理は
このこと故に
堕落→原罪→再臨のメシヤによる祝福を通じた原罪精算による血統転換の必要性
を論じているということになると思いますが
私たちは結局の所、生まれながらにして
原罪を持って生まれてくるという論理はなりたたない
私たちは生まれながらにして神の子として生まれてくる
原罪ゆえに苦しむ必要なんてないし
祝福の重要性はなくなってしまっている
世界の全ての人が貴く神の子として存在します
私は祝福を受けたから血統が清くて
あの人は原罪があるから、私よりかは劣る
あの人は2世だ3世だ、清い
みたいな発想はもう必要が無いということです
必要が無くなったものは手放せばいいだけです
人それぞれの解釈があるからです
枝葉的な部分ではなく、根幹的なところ
そこをお話ししたいと思います
だから本当に単純です
あとはそれをどう判断するかだけです
神は僕の立場と言われている天使に
なぜ大事な人間の養育を任せたのか?
あなたが神の立場であったとしたら
僕の立場と言われる天使に養育を任せますか?
私はやっぱり任せたくありません
人間にも劣る立場の存在に
情操教育が出来るわけがないと思うからです
ここで???ん?ってなりませんか?
これはどういうこと?
神は一体なにをやってるんだって
だめじゃんそんなんじゃ~!!って
思いません?
わたしはここが決定的な箇所だと思っています
人間の養育に携わるにふさわしい立場とは何か?
私は愛による情操教育が出来る立場ではないかと考えます
そうであってこそ、未完成の人間が愛でもって立派な人間として完成すると思うからです
本当はここで神に尋ねて、答えを聞きたいところですが
そうもいきませんので、推察の域とはなりますが
まず最初に
僕の立場と言われる天使に人間の養育を任せたというところは
あり得ないと思います
お話の設定として考えても、脚本の時点でNGでしょう
では本当はどうだったのかということについて考えてみたいと思います
人間の養育を任せられる立場=愛の情操教育を出来る立場
愛の情操教育を出来る立場、これは親の立場ではないでしょうか
天使の実の立場というのは、僕の立場ではなく、親の立場に立ちうる存在であった
だから神は天使に何の戒めも与えることなく人間の養育を任せたのではないかということです
神がいて、親の心情圏に立ちうる天使達がいて、人間がいたということになるかと思います
親の心情圏に立ちうる天使達とは、親の心情僕の体であり、子供のためには僕のように尽くす立場であり
だからといって人間よりも劣る立場ではないということです
堕落について考えてみたいと思います
愛の減少感でもって天使が誘惑したというところ
もうすでに脚本として考えてもNGです
天使はただただ親の心情の塊であり、愛で養育する立場なので
愛の減少感といわれても、???何それっ、意味わかんないって感じだと思います
愛の減少感は未完成の人間であれば感じたかもしれません
光り輝く天使のようになりたいってのはあったかもしれません
しかし、それを天使も感じるんだっていうのは
聖書や、それを元にした統一原理が、人間よりも見下した僕の立場として見ているがために出てきた論理であると思います
なので天使と人間の堕落というものはなかったと考えます
なので血統が汚れたとか、そういうのはないと考えます
堕落の原因は人間が神から離れたこと
この結果、未完成期の人間に性的堕落が生じたと推察します
性的堕落は結果であり、その根本的な堕落の内容は
神から離れたことです
神から離れたからこそ、そういう結果を生んでしまったといえると思います
だから、神の元に帰っていくことが大事であり、単純に言えば
その過程は天使さんごめんなさい、神様ごめんなさいで
いいんじゃないかなと思います
統一原理は
このこと故に
堕落→原罪→再臨のメシヤによる祝福を通じた原罪精算による血統転換の必要性
を論じているということになると思いますが
私たちは結局の所、生まれながらにして
原罪を持って生まれてくるという論理はなりたたない
私たちは生まれながらにして神の子として生まれてくる
原罪ゆえに苦しむ必要なんてないし
祝福の重要性はなくなってしまっている
世界の全ての人が貴く神の子として存在します
私は祝福を受けたから血統が清くて
あの人は原罪があるから、私よりかは劣る
あの人は2世だ3世だ、清い
みたいな発想はもう必要が無いということです
必要が無くなったものは手放せばいいだけです