生徒を鉄パイプで殴る体罰暴力日教組教師
S県F市Y第一中学2年9組の時。
社会科の教師F。
Fが「これからちょっと授業に関係ない無駄話するからな」というので、私は、のろまだから書ききれなかった黒板の内容を一生懸命にノートに書き写した。
そして三角定規が真っ黒になったので定規に消しゴムをかけた。
するといきなり鉄パイプで右の頭をド カッと殴られた。鉄パイプとはスチール(鉄)製の椅子の折れた脚のこと。
それが、なぜか教卓の中に入っていたのだ。
そしてFに「お前、俺の話きいてるのか」と言われた。
休み時間に水道で頭を冷やしたが全く痛みが取れない。
しかたなく、ぬれたハンカチを乗せて続きの授業に出た。
すると、いきなり、今度は左の頭を鉄パイプでドカッと殴られて、こう言われた
「お前、それは俺に対する当て付けか」
もう冷やすことも許されなかった。
この教師Fはいつも「アメリカは悪い。ソ連は良い」「戦争はいけない」という話ばかりしていた。
しかし、このような自分勝手な体罰、暴力を振るう日教組教師に平和を説かれても説得力がない。
いまでも私の頭には2つのコブと一生消えない日教組教師への深い恨みが残っている。
教師牛乳当番事件
私は小学、中学と掃除、給食当番を怠けた事は1度もなかった。
しかしみんなサボる。女子の場合は自分の仲の良い子におかずを沢山よそるためオカズ係だけはやる。
男子は全員サボる。
そのため私が当番を終えて並んだとき女子に「あんたはこれでガマンしな」
とオデンの汁だけよそわれたこともある。
さて1972年当時S県F市Y第一中学校3年4組担任男MSの時、2年9組までは牛乳はガラス瓶で56本ずつ一つの木箱に入れられていた。
私はいつも、それを一人で運んだ。
それなのに3年になると「牛乳は必ず2人で運べ」という矛盾した旧ソ連のような規則ができた。
その日もみんながサボるので私は一人で食器、パン、牛乳を運んだ。
すると3年3組担任女教師MK(監視係)が「ちょとTS君あんた牛乳を一人で運ぶのは規則違反じゃないかい」といわれた。私は牛乳を持ったまま走ってにげた。
なぜ逃げたのか、それは(早く持っていかないとまたクラスメイトにのろまといじめられるから。
女子が「MK先生は足が速い。逃げてもすぐ捕まる」と話していたので私は捕まったら本当の理由をいおうと思っていた。
それなのにMKは今日に限って「TS君ちょと待ちなさい」と言うだけで追いかけてこなかった。
私が遅い給食を食べていると担任のMSが「おい、TSちょっとこっちへ来い」と言った。
私が「はい」と言って行くと、いきなりこぶしで頭を強くぶん殴られた。
そして「お前MK先生に注意されてにげたそうだな。今すぐ隣のくらすのMK先生に謝って来いといわれた
問答無用だった。
私がMKに謝るとMKは「だってあんた逃げたじゃない」
私がひたすら謝ると「まあいいわ」と許してくれたがクラスメイトは「またTSだぜー」と大笑いされた。
2年9組担任だったMKは「ああもういいよ、あんたの話はわかったからね」という教諭だったので私はもう
「言っても無駄」とあきらめていた。
どうしても納得いかないのはいつも給食当番をサボっている生徒たちが1度も怒られなかったことだ
どうして3人分仕事をしたわたしが殴られるのか
