修論もひと段落し、だらだらと怠惰な日々を送っている。

髪がモサモサになり、腹がまた一段と出てきた。

足腰は痛み、ついに痛風がきそうな気配すら感じる今日この頃だ

先長くねえ

 

死刑のための殺人

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という本を読んだ

 

僕は、何かに葛藤してる人ってとても魅力的だと思う

葛藤こそ、人間の最大の魅力だと思っている

 

初めて人の葛藤に気づいたのは多分小学生の時かな

漫画ブラックジャックのDr.キリコとブラックジャックの対峙する回で

作者である手塚治虫の医師としての生命に対する倫理観の葛藤を感じた

 

思えば人間の歴史は葛藤の連続だった

歴史を振り返り、反省し、また過ちを犯し、反省し・・・

資本主義が限界を迎えつつある今、人間が生み出す社会に完璧なんてなく

そもそも完璧ってなんなのかって話にもなるけれど

少なくとも「死刑制度」はその中で人間が葛藤してきた社会制度の一部ではある

「死刑制度」への葛藤は

誰もが一度は感じたことがあるんじゃないだろうか

 

上記の本はまさに、その問題提起を再び社会に投げかけた事件に関する書籍だった

その事件とは2008年茨城県土浦市で起きた、連続通り魔事件だ

2人が殺害され、多くの人が負傷した

犯人の犯行動機は「死刑になりたかったから」

 

本書は死刑を切望する犯人と犯人と被害者の狭間で葛藤する読売新聞記者の記録だ

この事件の特殊性は”犯人が死刑を渇望していること”にある

 

死刑は”死は誰もが恐れるもの”として、それゆえに刑罰の中で最も重いとされ

重大犯罪の抑止力になるとされる

 

しかし、犯人が死刑を望んでいたらどうだろう

死を恐れておらず、それどころか、

死刑にすることは犯人の望みを叶えてしまうことになるのだ

 

死刑とはなにか

皮肉なことだけれど、その対象者が投げかけた問題提起だ

 

今や先進諸国において死刑制度を導入している国は限られるが

日本では、国民アンケートでもいまだに死刑制度賛成の声は根強い

 

これは、日本の村八分的思想がいまだ僕たちのDNAの中に残っているからなんじゃないかと僕は思っている

死刑は犯罪者を社会的に抹殺する行為だ

犯罪者を社会的・人間的なエラーと捉えている

 

 

犯罪者遺伝子と呼ばれる特殊な遺伝子の存在は科学的に否定されているが

テストステロンと呼ばれるホルモン物質が生まれ持って高い人は犯罪者になりやすい傾向にあるらしい

しかし、しっかりとした実証実験はないわけで、

あくまで都市伝説的な話にすぎない

性悪説的な生まれ持っての犯罪者人格の存在を否定するならば

犯罪者を作り出すのは社会だと思う

 

 

そして、その犯罪者になるのは自分ではないと言い切れる人がいるのだろうか

自分は絶対にならないと言い切れる人ほど僕は犯罪者になるだろうし、信用できないと考える

 

かつて

 

死刑でいいです

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という本を読み、ぼくはそのように考えるに至った

 

むろんそうではない人もいるだろうが、誰しも一度や二度、挫折や絶望ににた感情を味わったことがないだろうか

そして、その時に手を差し伸べてくれる人、それを克服するきっかけ、環境が多分

僕たちにはあった

では、もしそれがなかったら?

 

僕は、幸運だった

多分、いくつか道を間違えたら(そしてその道は案外近くにあったりする)

何かしらの犯罪を犯していた、と思う

 

そして、多分多くの人がそうなんだと思う

社会とは、そして僕たちは、そんな感じの危ういスレスレの状態で

存在している

 

高校生の時に、死刑賛成派、反対派 それぞれ本を読んだ

どちらも多くの部分で共感した

どちらも正しいと思った

 

だから、死刑賛成か反対か問われた場合

全くわからない という答えしか出せない

どのスタンスで考えるかによって価値観はずれていくからだ

 

こんな感じに一人で勝手に葛藤している年末

そして、そんなことに葛藤しちゃってる自分が好き

 

 

葛藤している人は魅力的だと思う