映画 沈黙を見てきた
遠藤周作は最も好きな作家なのだけれど
出会いはいつだったか、高校1年の時に親父の書斎に忍び込んだ時に見つけたその本だった
記憶は朧げだけど、当時は朝から晩までエロいことしか考えられず、
あわよくば親父の書斎とかにエロ本隠し持ってんじゃねえーかと思いつつ
小生は書斎に忍び込んでは物色していたのだった(残念ながらエロ本やその類は全く見つからなかった。 親父はインポだったのだろうか)
まあ、そんなふうにして出会った遠藤周作に小生青年は衝撃を受けるわけである
いまでは”遠藤周作の面白さはその葛藤にある”とかなんとか 考えたりもできるけど
当時は「この本はなぜこんなに面白いんだろう」なんて考えたこともなかった
沈黙に始まり、悲しみの歌、彼の生き方、海と毒薬、深い河 etc・・・
遠藤周作の本は片っ端から読んでいった
その中でも沈黙は何度も読み返した作品で
いままで累計20回は読んできたと思う
本の内容としては
日本にキリスト教の布教のために来日した宣教師が
キリシタン弾圧の渦中に飲み込まれながら
神の存在への疑念と自身の信仰の間で葛藤する物語だ
この本がとても魅力的であるのは
作者である遠藤周作自身がキリストの洗礼を受けていることである
遠藤周作の葛藤がこの本には込められている
神の沈黙に絶望しそうになりながら、
悩み、苦しみながらも、それでも、ただ、手をあわせることしかできないー
そんな葛藤を
この本の中で、主人公は2人いる
一人はクリスチャン・ロドリゴ
そしてもう一人は「キチジロー」だ
キチジローはもともとキリシタンであったが
キリシタン弾圧で転び、
ひたすら逃げ続け生き延びた男だ
最後はロドリゴを裏切り、密告してしまう
作中のキチジローの言葉が、
いまでも忘れられない
「俺は弱か。心の弱か者には、殉教さえできぬ。どうすればよか。
ああ、なぜ、こげん世の中に俺は生れあわせたか」
キリスト教には詳しくないけれど
ざっくり知っている限りで推論すれば
キチジローはキリストの教えに沿えば
最も救われなくてはいけない人間だ
ところが彼は、救われない
弱く惨めな自分に絶望し、それでも死ぬ勇気も持てない
キチジローはユダなんじゃないかと思う
ユダはイエス・キリストを裏切り、
死に追いやった人物である
おそらく、ユダはキリストに愛されなかった
たった一人の人間だ
新約聖書によれば、彼の最期はむごい死に方で幕を引いている
キリストは悪人こそ愛せよと述べた
しかし、ユダは愛されなかった
なぜ彼は愛されなかったのか
遠藤周作はその部分で悩んでいたのではないかと思う
「深い河」でもその悩みが読み取れる
キチジローは最期、神に愛されたのか、それとも沈黙だったのか
分からない
自分の弱さに絶望しながらも生き延びることができたのは
(映画ではキチジローは役人に連れて行かれ、最期がわからず終いであったが)
神に愛されたからなのか・・・?
分からない
とにかく、神は沈黙していた
キリシタン達が迫害にあい、次々と命を落としていく中で
蝉は鳴き、小鳥は囀れど、神は沈黙していた
宣教師・ロドリゴはついに
目の前で迫害される日本のキリシタン達のために
「今まで誰もなし得なかった最も辛い愛の行為」をする
棄教したロドリゴはその後、終生キリスト教と関わりをもたなかったらしい
しかし、映画の最後
棺に入れられたロドリゴの手には
そっと、十字架が握られていた
彼の中で、神の沈黙に対する答えが出たのかどうかは謎だけれど
少なくとも、あの時代において
そっと手をあわせるという行為が
精神を救うたった一つの方法だったのかもしれないと思った
卒業までまだ時間がある
時間ある限り、また観に行こうと思う