自分の成長は、案外自分自身が一番気づかないものです。
今日、久しぶりにこちらのクリスチャンの学生の集まりに行きました。
学内では彼らとは学内ではあって話をすることはたびたびありますが、
集まりに参加したのはなんと11月ぶりです。
久々に言ってかなり楽しかった。

そこで、会う友達みんなに、
「なおき、英語うまくなったな。」
と言われました。

確かに、英語を話すことに対しての抵抗感は昔よりは薄れているし、
英語でも日本語と同じように会話が弾んだリしていました。
話す内容も、ずいぶん突っ込んだことを話せるようになっていたし、
半年経って、やっと楽しく会話できるレベルまで来たのかもしれません。

そういえば、今日キャンパスでも、現地の友人とお互いの愚痴を言い合っていました。
愚痴ってコミュニケーションの中でも、かなり会話が続くんですよね。
あっという間に40分たっていました。

英語の能力は比例関数のように上がっていくのではなく、
ある一定の期間(一説には約100日)ごとに能力が更新されていくそうです。
最近、自分に対してネガティブな思いばかりが募っていた中、
この英語力の上達は自分に再び自信を与えてくれました。
なんだか、軽い達成感があり、久しぶりに安心して眠れます。

でも、
やっぱ、自分に成長を感じれなかった時期はつらかったな・・・。
今でこそ、そんな時期もあったで流せるけど・・・。
編んだ勘だ言っても、継続は力になるし、成長は努力した分しか望めないんですよね。
当たり前ですけど、厳しい限りです。


たて続きに、もう一本。

気分が楽になり、力を抜くことができたきっかけは二つあります。
その中の一つを今日は話したいと思います。

こちらで出会って仲良くしている友人にHさんという人がいます。
日本人の学生で、アメリカには高校から一人で留学していて、今年でアメリカ生活が9年になります。
日本語を聞いている限り、「普通に」日本人の様ですが、
本人いわく、日本語で話すのは疲れるそうです。
日本人的な礼儀を心得ている方なんですけど、
性格はすごく独立的で、「いわゆる」アメリカ人よりもアメリカ人らしい感じはします。

そんな彼は長年電通に働きたいと思っていて、
アメリカにいるにも関わらず、人脈を積極的に作り電通社員20人以上にOB/OG訪問をしてきたそうです。
ですが、就活の結果は芳しいものではありませんでした。

彼はそのことで一種のバーン・アウト状態になりました。
突然、今までの目標を失ったから。
そこで、知り合いの元博報堂の社員の方に相談したそうです。

「H君が仕事を選ぶうえで、絶対に譲れないものはなんだ?」

Hさんはそう尋ねられたそうです。

「英語」

彼の答えはシンプルなものでした。

彼にとって、高校から単身で留学して、独学で磨き、
ついにはネイティヴに引けをとらなくなった彼の英語力自体が、
彼自身の長年の努力結晶であり、プライドそのものだったそうです。
だから、英語を使わない事自体自分を否定してしまうこうだと気づいたそうです。
その事に気づくことで、電通で凝り固まっていた頭がほぐれ、
楽になったそうです。

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彼の話を聞いている時、程度の差こそあれ自分も同じなのだと感じていました。
僕は最初、留学を「選択」しました。
だけど、だんだんきっちりやるようになってきて、留学が「義務」のように感じてきました。
大金をはたいているんだから。
親に迷惑をかけているんだから。
せっかく、英語を学べる環境にいるんだから。
だから、留学生活を活用「すべき」という「べき」論で自然と考えていたんです。
最初は「選択」だったはずの留学生活が「義務」に代わる。
最初に思い描いていたことが勉強できず、
なんだか留学生活に空しさを感じていた理由はここにあった気がします。

じゃあ、僕にとって留学で「絶対に譲れないもの」は何なのか。
Hさん同様、答えはとてもシンプルでした。

「よく見ること」

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僕は留学をする前、日本の大学の友人に送別会を開いていただきました。
久しぶりに、大いに酔っぱらって、気持が良くなって、帰る方向が同じ友人と駅のプラットホームで電車を待っていました。
その時、後輩の一人がふと僕に尋ねました。

「Nさん、留学生活で一番何してみたいですか?」

酔っぱらっていて、頭はまわりませんでしたが、
とっさに、僕の尊敬する小田実(まこと)さんの言葉が出来て、一言

「なんでも、見てやろう!」

と言ってしまいました。
完全にノリで言ってしまいましたが、
理屈で考えない分、僕の一番素直な気持ちがこの一言に集約されていました。

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こんな記憶、すっかり忘れていたんですが、不思議とHさんと話している中で思い出しました。
アメリカの風景、社会、政治、人、教育、自分の目に入るものすべて、目に焼き付けておきたい。
それが、自分が留学した理由でした。
僕はその一番の理由を忘れて、最近まで生活していました。

最初、大学の先生、留学関係の部署の人、就職活動関係の部署の人に

「留学に行く前に、自分がなぜ留学するのかをよく考えておいてください」

と何度も言われてました。
だけど、当時はその重要性をいまいち理解していませんでした。
だけど、実際留学する理由を十分に考えておくと、
留学生活で自分の選択の優先順位に迷った時、その答えを教えてくれます。

もし、留学を考えていて、この記事を読んでいる人がいたら、
留学をする理由をしっかり考えてみることをお勧めします。
きっと、それが留学生活で迷ったときの道しるべになると思いますから。



ずいぶん、ブログを更新していなくてすみません。
久しぶりの更新です。

二学期目もこれで半分に差し掛かります。
こちらに来て大体半年になります。
正直、半年ぐらい立つと、留学生活といえどもマンネリ化してきますね。
授業もバジェット・カットのせいもあり、自分の好きなものは結局とれず、
日本で勉強していたことと大差ないこと勉強することになっています。
そうしてくると、だんだん授業をまじめにこなして行くことがばかばかしくなってくるんですよね。
それでも、現地の学生からすれば、授業がとれるだけでうらやましがられます。
だけど、せっかく留学で来ていて、現地学生よりも高い授業料を払っているやけだから、
さすがにそれには納得できないんですよね。
ブログを更新していなかったのも、
どこか自分の望んだ留学生活を見失いかけていて
留学生活がつまらなく感じ、どこか閉塞感の中にいたことも影響があるかもしれません。

留学をはじめたころは、どんなことでもきっちりやっていました。
というのも、留学生活ではあまりに不測のトラブルがあまりにも多いから。
こっちの人は、おせっかいは焼いてくれませんし、学生の都合も聞いてくれませんからね。
自分の仕事の範囲が厳密に規定されている職務主義の欠点というか・・・。

けど、さすがになんでもきっちりやると疲れ切ります。
もともと、おおざっぱな人間ですしね。
自分の好きなことや、ためになると感じることのためにきっちりやるなら、
神経をすり減らすことも報われますが・・・。

最近になって、ようやく力が抜けてきた気がします。
力を抜こうと思っても、力を抜けない。
だから、くたくたになるまで力を使い切る。
小学生のころ、力の抜けたベストのスイングをするために、
あえて、くたくたになるまでバットを振り続けたことを思い出します。
あの頃から、僕はちっとも変っていないと、今になって痛感します。
本当に、僕は不器用なんですよね。

とまあ、気持がやっと明るくなってきたんで、
また、ブログを書いていきたいと思います。