ズボンは単なる衣服であり、上城校長先生は、尻込みするボクをただ単に自分の傍に引き寄せただけの行為だろうけど、ボクにとっては、ズボンは単なる衣服では無く、ボクの身体の重要な一部その物であって、首根っこを、ギュッとひっつかまれたと同等な気分に襲われて、ボクは身体全体が硬直した。
そして、ボクは「おぢぞうさん」に変化(へんげ)した。
ピアノの音色は軽やかに美しく、そして無駄に音楽教室全体に鳴り響き、教室全体が秘かにざわついた。
上城先生は低い重い声で、ボクにこう言った。
「ナンダ、君は歌わないのか? 私の伴奏じゃ気に喰わんのか?」
ボクは答えるコトも出来ずに、硬直した身体で、強く握りしめた両手のこぶしをわずかに震わしていた。
「歌わないと、通信簿の音楽の成績欄は空欄だぞ!それでもいいのか?!」
先生は静かに、冷ややかに、こうボクに告げた。
担任のマツオカ先生も遠くで待機して、音楽の授業見守っていたのだが、その切迫した状況に見かねて、ピアノの傍に走り込んで来た。
「このコは、そんなコ(すぐ、ふて腐るコ-----反抗的な態度をとるコ)じゃないので.....後で(私が)言うちょきます.....次に進めちょいて下さい。お願いします。」
マツオカ先生は、中年の体格の良い、女性の先生で、その当時のボクが唯一心を許す先生だ。
「依怙贔屓」という嫌な響きの言葉がある。
自分の気に入っている者だけの肩を持つことだ。
ゼッタイにそれとは違うと断言出来るけど、ボクは学年の代々の担任の先生によって、「申し送り」である意味「贔屓」されて来た。
ボクは見た目は「おとなしく」て「従順」そうだけど、その本質は「繊細」で「女々しい」のだ。良く言えば、「感性が豊か」なんだろうけど、それも度を過ぎると、「ヘンなコ」としか世間一般では評価されなかった。
ボクの小学校の代々の受け持ち担任の先生方は、ボクにとって幸いなことに、ボクの「本質」を理解して下さっていたのだ。
「贔屓」と言って語弊があるなら、「(それなりの)庇護が必要と認められる児童」と言い換えてもいいだろう。