ようやく、笑えるブログ過去5年分を読み終えました。大変有難いブログです。何がいいかというと、そのわかりやすさとシンプルさです。セドナメソッドの本を読んでいて、何を言ってるのかわからないところも、内田さんが話し言葉で説明してくれているので、スっと理解できたりします。まあ、軍国主義的な話や海外FX会社、アフィリ関係の記事もあったりしますが、それは個人のブログですので書きたいことを書けばいいし、読みたくなければ読まなければいいだけの話です。
内田さんが、笑えるブログ2011年9月12日でこんなことを言ってます。「・・・セドナメソッドで解放をすると、みぞおち辺りがホンワカと温かくなるような、ああ 本当だと。 理屈は分からないんだか、たしかに抵抗してたんだなってのを理解した。・・・」
それを読んだ時は、まだセドナメソッドの本を読んでいなかったので、そうなんだぁと思っただけでしたが、実際セドナメソッドの本を読んでから(まだ途中ですが)、解放しようとしてもうまく解放できないし、解放できたかどうかもわからないし、ましてやみぞおちのあたりが温かくなることもなかったんですねぇ、これが。本を読んで理屈はわかるんですが、感じられないのだからどうしようもないわけです。
私はみぞおちあたりに何か感じることはなくても、みぞおちの上つまり胸のあたりに何か感じることはあります。例えば、誰かに恋した時に胸がキュンとなることは誰でも経験があると思いますし、心の状態を表す言葉も胸に関するものが多く、「胸が-苦しくなる、いっぱいになる、締め付けられる、痛む、高鳴る、踊る、ふくらむ」などがあります。つまり、みぞおちに何か感じるというよりは、胸に感じることのほうが普通なのではないかと思ったのです。セドナメソッドで言うみぞおちあたりが温かく感じられなければならないのかどうかは、今の私にはわかりません。
(追記:ただ、胸といっても胸の下の方なので、みぞおちといえばみぞおちなのかもしれません。)
最近、自分の心に向き合っているせいか、その胸の感覚に注意を払うようになっています。①全く何も感じないとき、②モヤモヤが感じられるとき、③晴れ晴れした感覚がする時の3パターンがありますが、②と③にはそれぞれ強弱があります。ほとんどは①の状態なのですが、1日の中でもこれらが繰り返し起こったりする時もあります。一日中、家の中にいて、何も状況が変わっていないにもかかわらず、これらが起こるのです。おもしろいではあ~りませんか。(☼◡☼) つまり、外的要因てはなく、自分の心が状況をつくりだし、それに心が反応しているわけです。
私の場合、胸がモヤモヤしている時は、納得できていない(腑に落ちていない)考え事がある時です。今日も目が覚めた時、布団の中で考えを巡らせていたのですが、この時②→③への移行が起こりました。②の時は気分がすぐれていませんが、あることに対して自分で納得した時に、それまでのモヤモヤがなかったかのように晴れ晴れとしたのです。これだっ!と感じました。場所はみぞおちでもなく温かさも感じられなかったのですが、爽快感は確かに胸に感じられました。この感覚は数日前にも感じてはいたのですが、「これだっ」と認識できたのは初めてです。
では、モヤモヤが消え、晴れ晴れとなった瞬間の話をしたいと思います。・・・(2)につづく