(amazon.co.ukより)

 

 

アキ・カウリスマキ 監督作。「パラダイスの夕暮れ」 「真夜中の虹」 に続く

「敗者3部作」 だそうだが、まさにそう言うしかない作品。

でもジャンルはコメディ映画、さあどんな笑いが?

社会の底辺に属する厳しい境遇の主人公を、淡々と丁寧に描き出しています。

ストーリーほとんどがわかりやすいですが、それがなぜか妙に納得してしまう。

展開が裏切られるとか、思ってもみなかった伏線とかないのに

ずっと画面に引きつけられてしまうんです。

俳優は常連が多く、演技を全くしていないと言ってもいいほどの無言・無表情。

それなのにその風情から、心情が痛いほど伝わってくる。

これは一体どんな映像マジックでしょう?

 

 

ジム・ジャームッシュ の雰囲気に似ているところもあります。

実際 ジャームッシュ 自身 「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」 に出演。

カウリスマキ はまた 小津安二郎 監督を敬愛しているそうで

「多くを語らない自然体小市民」 が 「シンプルな展開」 により

「深い人生の悲哀」 を感じさせるというところも納得。

カウリスマキ はフィンランドが アルゼンチン・タンゴ発祥の地 だとする

「白夜のタンゴ」 に出演。その時共演したフィンランドの名タンゴ歌手

レイヨ・タイパレ も今作品で歌声を披露しています。

 

 

(criterioncast.comより)

 

 

またこの作品は カティ・オウティネン をひたすら堪能する映画。

(前回は ノオミ・ラパス でしたが)

「浮き雲」 「過去のない男」 など、カウリスマキ 作品で常に淡々と演じる彼女。

ハッキリ言ってキレイではない、可愛くもない。

ガリガリ型の身体に長い顔、そのくせ顎が無くて 「はいからさんが通る」 に出ていた

「アゴなしばあや」 みたいで。(失礼)

しかし不思議な深い瞳、ムッツリ閉じた唇が何か言いたげ。

一度見たら忘れられない、カティ 沼は深いから気をつけて!

 

 

【登場人物】

(ほとんどが)イリス…… カティ・オウティネン。不条理なまでに憮然とした演技…

しかし彼女の切なさがこんなにヒシヒシと伝わってくるって、いったいどういうこと?

心底から役柄に成り切ってないと、ここまで抑えて表現できないでしょう。

てか 「少女」 というには歳が経ちすぎてませんか?

 

イリスの母親……娘から搾取しまくる鬼親。給料ぜんぶ家に入れさせ家事もやらせ

彼氏に支配されているのかわからないが、常に仏頂面でタバコをふかしてばかり。

 

母親の彼氏(オッサンですが)……我がもの顔で住みついてるが働いてないようだ。

イリスを奴隷扱いしかしていない、極太のヒモ以外の何者でもない…

 

イリスの兄弟……そんな家庭環境に嫌気がさして家を出たようだ。

イリスが抜け出せないでいるのを心配している。

 

アールネ……一流企業に勤め豪邸に住み、女の子と遊んではその日暮らし?

 

 

(eigamagazine.workより)

 

 

ここからネタバレ

 

 

「彼らは遠くの森の奥で 飢え凍えて死んだのだ」

「そのように思えます」 ~ガロン伯爵夫人~

 

大きい丸太が 「桂剥き」 で薄切り、さらに細かくマッチの軸の太さに裁断され

振り落とされた軸は揃って並べられ、頭の部分が付けられていく。

さらに箱に小分けに、何箱かまとめて包装されるまで、すべてが機械処理。

イリスはこれを検品し、流れ作業を止めることなく働いている。

「マッチが出来るまで」 ~ものづくり探検隊?(^o^)

バスに乗って本を読みながら微笑むイリス、食料品店で買い物をし自宅に帰ると

ぼんやりタバコを吸っている母親とその彼氏がいる。

 

 

(curzonartificialeye.comより)

 

 

晩ごはんを作るのも彼女、皿を出し盛り付けるのも彼女。

天安門広場の虐殺、シベリアのガス爆発で大量の死者、イランのホメイニ師の死

暗澹たるニュースばかりだが、みな気にも止めず。

コインランドリーに行って洗濯するのも彼女の役目。洗濯が終わるとアイロンがけ、

黙々と動く彼女の傍で、2人はタバコを吸いながらテレビを見てるだけ。

誰も一言もしゃべらない、この家はあたたかさを感じない。

でもこれがあたりまえ、これが日常なんだ。

 

 

レイヨ・タイパレ が歌うクラブでは曲に合わせて男女が踊り

椅子に座った女子らの元へ誘いにくる男子。一人一人と誘われて席を立ち

残りはイリスとオバサンだけ。どう見たって!彼女以上に歳食ったオバサンなのに

それですら誘いが来た。イリスはたった一人取り残され

瓶ジュースをひたすらすすりながら待つが、誰も誘いに来ることはなかった…

足元にはすでに飲み尽くした瓶が何本も。(^^;)

ここ笑う所ですかw?

 

 

(filmsworthwatching.comより)

 

 

給料日、封筒に入ったお金の中から、欲しかった薔薇模様のドレスを買うイリス。

母親に給料袋を渡すが、明細と突き合わせたら額が合わない。

ドレスを買ったことがわかり、ヒモオッサンに殴られる。「売春婦め」

母親も冷たく 「返品してきな」

イリス、明細は捨てとかないとダメダメ!

そんなことにはもちろん従わず、彼女はそのドレスを来てディスコに行く。

今度はやっとある男から誘ってもらえた。無言で見つめ合いダンス。

無表情なイリスの顔が、安堵の笑みで輝く。

 

 

(curzonartificialeye.comより)

 

 

そのまま豪邸に住む男・アールネの家へ。

翌朝寝ている彼女の枕元へお金を置いて、アールネは仕事に出ていく。

イリスは 「どうかお電話下さい」 とメモを残した。

半分に切ったプチトマトだけが何個か載ったトースト?あまり美味そうじゃないな。

出してくれた別の男はイリスの兄弟のようだ。

「たまには家へ帰って」 「あの男まだいるの?」

イリスだけが働き家賃を払い、2人を養っているのだ。

彼はそんな彼女を不憫に思い、お金を少々渡してやる。

 

 

(curzonartificialeye.comより)

 

 

「電話が来たら更衣室へ回して」 職場の電話番号だったとは。

しかし一向に電話はなかった…家へ帰れば皿洗い、相変わらずの毎日。

机の上にプレゼントが。誕生日に贈られたのは 「海賊物語」

母親からもらえるのは毎年コレだけ。同じ本ばかり何冊あるんだ、続き物?

イリスは一人でカフェに行き、自分用にケーキを注文する。

♪お前はブスだと他のヤツらは言うけど♪

店内にかかっている音楽、歌詞がw

誕生日にたった一人でケーキを食うイリス。

いつの間にか涙がとめどなく…(笑う所…ではないよね?)

 

 

(idrawonmywall.comより)

 

 

とうとう彼女はシビレを切らし男の家へ。

何だ?という感じの素っ気ないアールネに 「お会いしたくて」

翌日アールネが自宅へやってきた。狭い所に座らされて無言でタバコを吸う。

(ココは笑えるんだけど?)

閉まりの悪いドアからイリスを連れ出すと、アールネは冷たく言い放つ。

「思い違いをするな、一夜のお遊びだ。これっぽっちも愛してない」

イリスは呆然と家に帰る。この時ばかりは母親も、黙って手を握ってきた。

あわよくば娘が、金持ちのオトコを捕まえてくれれば、と思ってたのかも。

きっとそれにたかるんだろうな。

 

 

(↓気まずい3人、出された菓子パンも不味そうw)

(cinema.mond.jpより)

 

 

工場の音も虚しく聞こえる毎日、イリスは妊娠したことがわかる。

同僚に相談するが 「あ、そ」 みたいなそっけなさ。

イリスは意を決してアールネに手紙を書く。

「私を愛してくれることはないでしょう。でも子どもは可愛い、考え直してみてください。

重要と思う時だけお返事を」

なんて謙虚なんだろ!責任とれ、じゃないからね。

意外と返事はすぐにきた。しかし…中には小切手とたったの一行、

しかもタイプで 「始末してくれ」

母親もこれを見て眉をひそめる。イリスは絶望的な表情で、早足に通りに出る。

キキー!事故にあってしまった。

もしくはわかってて、自分で飛び出したのか?

 

 

病院にやってきたのはヒモオッサン。

「他所へ引っ越してもらいたい。母親も病気になった」

アールネが寄越した小切手と、オレンジ1個だけを置いて去っていく。

あまりにひどすぎる…イリスは黙って荷物をまとめる。

この時ばかりは兄弟が手伝いに来てくれ、彼のアパートに厄介になる。

イリスもマッチで火をつけ、タバコをふかし始める。

彼女は薬局へ ネズミ捕りの薬 を買いに行き、店員に尋ねる。「効き目はどう?」

「イチコロ」 「すてき」 ?!笑えなくなってきたぞ(゚Д゚)

 

 

(costaricacinefest.go.crより)

 

 

家へ帰って粉薬を水に溶かし、毒水を作って瓶につめる。

彼女はタバコが習慣になった。アールネの家へ行くと、新しい女が出ていくのを待ち

黙ってズカズカ入り込む。 「(何しに来たんだ?)」

怪訝そうな彼に、お酒を要求する。アールネは2人分コップに持ってきた。

隙をみて 彼の方のコップに毒薬を注ぎ込む。

「お別れにきたの。もう心配いらないわ」

小切手も突き返し、彼が飲むのを見届けずに部屋を出ていく。

アールネは彼女が去るとホッとして笑い (ひでぇヤツ) その酒を飲んだ……

 

 

(criterioncast.comより)

 

 

それからイリスは一人で酒を飲みに店に入り、声をかけてきた男に微笑み返す。

そしてその男のグラスにも、堂々と毒薬を注ぐ!

店を出る彼女、男は何も考えずその酒を飲む……

イリスはすっかり別人になってしまったよう。男はみんな敵なのか?

実家へ舞い戻り、母親の帰りを待つ。

稼ぎ頭の娘を追い出した母親は、今は自分が働かずにはいられなかった。

ヒモオッサンはやっぱり家にいるようだが。(-_-)

 

 

母親は帰宅してイリスが待っているのを見ると、黙ってドアを開けておく。

よく来たね、とか一言もナシだ。イリスは親たちに料理を作ると

食卓の水に毒薬を入れるのも忘れなかった…

それが真の目的か!

2人は黙って料理を食べるが、やがて音がしなくなる……

イリスは取り憑かれたような眼差しで、音楽をかけタバコを。

 

 

(cinema.mond.jpより)

 

 

♪ひどい人 愛を壊して踏みにじる 君のくれるものは失望しかない

恋の思い出は今はもう重荷 愛の花ももう輝きはしない

君の凍った眼と冷笑が凍らせた…♪

歌詞がピッタリで……(笑えませんが)

翌日警察が2人、工場で働くイリスのもとへやって来た。

彼女が逮捕されて連れていかれても、マッチ工場は淡々と回り続け

今後もこの世は何一つ変わらない…(END)

 

 

(justwatch.comより)

 

 

この題名とストーリーですぐ思いつくのは、アンデルセン の童話

「マッチ売りの少女」 ですよね。子どもの頃、あまりに理不尽だと思ったものです。

最後にお婆ちゃんに迎えにきてもらい、天国に昇っていっただなどと

結局極貧の中凍え死んだだけで、報われなさ過ぎる。

こんな人生に絶対にならない!という啓発モノだったのか?

感動なんかするもんですか、怒りしかわきませんでした。

「こんな風に死ぬなんて、バカぁ!」

(あ、「フランダースの犬」 には感動しましたけどねw)

 

 

それに比べるのもどうかとは思いますが、この 「マッチ工場の少女」

報われなさ過ぎる人生をただ受け入れるだけで、このまま

終わりにするもんか!という意志が見え、好感度大でしたよ。

「やってくれるな~。いいじゃんいいじゃん」 (悪いことだけど)

観ているコッチも溜飲が下がる。半沢直樹 由来の

「やられたらやり返せ」 の精神が染み付いちゃったですかねw

「復讐もの」 でスッキリするのも必要悪でしょうか。

 

 

(passioncinema.chより)

 

 

といっても、変えていく方法も他にだってあったわけです。

あんな毒親たちの元を抜け出し、一人で稼いで好きに使い

もっといいオトコだっていたでしょう。

しかし全ては遅すぎたか、もっと早くそうするべきだった。

だからこそ敗者でしかない、哀れだがどうしようもない。

純真な心が、悪意の前に破壊しつくされてしまった一例。

それで自分を納得させるしかなかったんだな……

 

 

こんな悲惨な物語も、皮肉を込めて淡々と書かれていることによって

ちっとも悲しく感じないのが救い?

コメディだというのもうなずけます。

実際あまりにも可哀想すぎて、逆に笑っちゃうシーンが多い。

カウリスマキ 作品ではどんな状況でも、一種独特のあたたかさが垣間見えます。

人生の悲哀を笑いに変えて見守っているかのようで…

これこそ監督の持ち味であり摩訶不思議な魅力だといえます。

「アレアレ、バカだなぁ」

最後までひどすぎるのに、和んでしまったほどですよ。

 

 

(↓医師から妊娠を告げられショック。でもなんか笑っちゃう)

(quora.comより)

 

 

監督は俳優に演じるという意味合いでの演技は求めていないそうです。

全員が極力セリフもなしで、最低限のセリフだけ発せられます。

クエンティン・タランティーノ 作品とは真逆ですね。(この監督も大好きなんですが)

またまたハリウッド的大仰な作品にウンザリした時にピッタリ?

不思議なことにイリスの表情に最後まで引きつけられ続けると

その無表情の中の変化、彼女は嬉しいんだな・悲しいんだな、だけでなく

「何かを決心した」 とかまでわかるようになる。

これでアナタもすっかりハマってます。

 

 

(criterioncast.comより)

 

 

また、イリスのファッションがオシャレ。歳がバレてしまいますが

80年代にこんなスタイル流行ったかも。ピンクのゴムで結わえたポニーテール、

ガボッとしたAラインコートのボタンを全部閉めて

彼女の手足が細いから余計にマッチする。

ディスコで誘いを待ってチークタイムみたいな流れも、当時のあるある。

なんといっても 玄関ドアがピッタリ閉まらない貧しい家に住む

薄幸の娘がマッチ工場で働く、という設定が素晴らしい。

 

 

夢も希望も儚く消えてしまった、キョーレツ不幸少女・イリス。

彼女のことは、きっとずっと忘れないでしょう。

あの後どうなったかを想像する気もおこらない

なぜか飄々とした爽快感。

エンディング曲が印象的だったので貼ってみました。

この ちょいダサ・もの悲しい感じ が、この映画にピッタリなんですよ。

 

 

 

 

 

(↓こんなかわいいマッチもありました)

(kinemastik.wordpress.comより)