(cineman.chより)

 

 

前回の 「ニンフォマニアック」 で書きましたが

「愛 はとらえどころのない、一番難しくややこしい感情」

どんな知識人だって学者だって、経験豊富な現場からの声だって

この壮大なテーマについてこうだ、と定義できる人はいないでしょう。

「もしかしたらこれなのかもしれない」 「これは違うのかもしれない」

誰もがそんな風に一度は悩み、経験していくしかない感情ですよね。

愛についての映画は非常に多いですが

その中からちょっと一風変わっているな?と思ったものを書いてみようと思います。

「これもその形なのかもしれない」

 

 

監督は新鋭の鬼才、俳優としても活躍の グザヴィエ・ドラン です。

「カンヌの常連」 なんてワードに抵抗を覚えても

一度作品を観てみるとやっぱり何か違います。

なんてことのないような場面でも緊張感を醸し

登場人物の細かな感情に引き付けられてしまいますね。

音楽のセレクトもセンスの良さに脱帽です。

映像の構図も バックの壁の色と模様、人物の服の色と模様

一つ一つが鮮やかな対比で、まるで絵画を見ているようです。

この感覚を、当レビューでも見習いたいものですが……ここまできちゃったらムリかなw

 

 

ドラン 作品は 「母親&ゲイ」 がテーマだなんて揶揄されているようですが

この作品はLGBTついて書いてはいるもののそれだけが主題ではなく

自分探しに恋人との関係が加わったちょっと複雑な作品です。

もしかしたらありうるシチュエーションかも知れません。

ある日突然、こんなことを恋人から言われたら

あなたはどうしますか?

 

 

(villagevoice.comより)

 

 

【登場人物】

ロランス…… メルヴィル・プポー「ぼくを葬る」 に続く同系の役ですね。

彼の上目遣いをよく見てはいけません、間違いなくヤられますよ。

フレッド…… スザンヌ・クレマン「Mommy/マミー」 や 「マイ・マザー」 にも出演。

すっごく美人てわけでもないけど、不思議なかわいらしさで、特別な魅力があります。

ロランスの母……父親に気を遣い、子どもに無関心…理解あるといえばいいのか。

シャルロット……ロランスがフレッドと別れてから付き合う女性。

嫉妬からか何からか、引っ掻き回すけど去っていく不思議な立ち位置。

(監督自身もチラッと出演↓)

 

 

(imdb.comより)

 

 

ここからネタバレ

 

 

「ロランス・アリア、何を求めているの?」

「私が発する言葉を理解し、同じ言葉を話す人を探すこと。

自分自身を最下層に置かず、マイノリティの権利や価値だけでなく

普通を自認する人々の権利や価値をも問う人を」

冒頭、様々な人たちの表情が映り、このセリフが繰り返される。

「決して終わらない、求め続ける限り。もっともっと欲しい…」

ある女性…?後ろ姿だけで顔は見えない。

真っ直ぐに進んでいく長い黒髪のその後ろ姿だけが…その顔は…?

 

 

(imdb.comより)

 

 

こっちを振り向きかけたところで、10年前のシーン。

主人公ロランスは教師として講義をしている。(↓爪に?)

 

 

(ism.excite.co.jpより)

 

 

同棲しているフレッドはいつもハイテンション、すごい勢いでしゃべり続ける。

「うるさい、いいかげんに黙って!

大事な話がある、これ以上言わずにいるのは耐えられない」

ロランスは突然キレ、フレッドはびっくりして黙り込む…

「男が好きなわけじゃなく、間違った身体で生まれた。

本当の人生は女性としての人生だ」

「私と過ごしてきた時間は何だったの」

フレッドの妹はその話を聞いて

「さっさと身を引くべき。告白によってあなたを失う可能性も考えたはず」 と言うが

「彼の腕の中で目覚めたい…放り出すこともできない」

 

 

(↑色合い一緒になってたw↓)

(ism.excite.co.jpより)

 

 

ロランスは自分の母親にもカミングアウトするが

「聞きたいことなんてないわ。イカれた話を聞かされたけど、私をアテにしないで」

驚きもせず冷たい反応だ。

「まだ愛してくれてる?」 母親はそれにも答えない。

普通の情景だったらまずショックを受けたりするかもしれませんが…

頑固で独善的な父親の世話と機嫌取りに精いっぱいで

息子に寄り添う余裕なんてないといった様子です。

 

 

とうとうある日ロランスは女装し、メイクをして講義に出かける。

女性としてのデビューの日、フレッドも化粧を手伝い彼を応援する決意をする。

彼の背中に文字を書く…

「取り戻した健康、消滅した危機。思い出なき希望に君の名を記す」

「初めて会った日、スゴイことが起こると感じた。

だからついていくと決めた。あなたを誇りに思う」

こんなことが言えるなんてステキだと思います。

たしかにここまでは理想的だった…

 

 

(spotern.comより)

 

 

構内を歩くロランス、彼の目線でカメラワークが動き

周囲が見つめる奇異な目つきは そのまま私たちが

こういう時にしている表情だとわかります。

この反応を受けているのが自分だったら?どんな気分でしょう。

うーむしかし、丸刈りに女装はキツいかも…(^_^;)

「価値観の違いを受け入れる」 決してできないわけでもないですが…

友人・知り合い程度だったら大丈夫かもしれません。

でもこれが身内、恋人だったら?自分に直接影響してくる人は難しいでしょう。

そしてこの状態がやがてフレッドの苦悩となってゆくのです。

 

 

ロランスはあきれたモンペの苦情により

「性同一性障害は精神疾患だ」 とされ、教師をクビになってしまう。

彼は黒板に 「この人を見よ」 と書いて学校を去る。

映像にはたくさんの絵画の中の、イヤな表情をしている人々の顔が映る。

この人物たちが中心人物にしていることは明らかだ、

人を貶める時の表情はこんなにも醜いのか。

 

 

(webdice.jpより)

 

 

その後もバーで男に絡まれ、殴り合いになる。

ロランスはケガをして外に出て、道行く人に助けを求めるが誰もが無視…

彼は泣きながら母親に電話をする。 「会いたい、冷たくしないで」

こんな状態で助けを求めているのに… 「今日は無理よ」

その時父親が荒れていたからなのだが…

「愛してないの?」 やっぱり答えずに電話を切ってしまう。

これには怒りを覚えましたね…

 

 

打ちひしがれた彼に声をかけたのは、同じように女装した男性・ベビーローズだった。

彼の仲間はファイヴ・ローゼズ、彼らがショーをやっている大きなお店に誘われる。

やがてロランスも一緒にやっていくことになるのだが…

こう言ってはなんですが、類は友を呼ぶ?

そうでしかやっていけないとしたら少し残念な気もしました。

しかし彼女たちのイキイキとした明るさがそんな気持ちも吹き飛ばし

ロランスも自分に希望を見出すことになるのです。

 

 

フレッドは何かを悩み 「最近笑ってない」 ロランスも心配している。

辛くても彼女に電話しなかったのは、これ以上心配をかけたくなかったからだろうか。

レストランで彼女はケガについて訊ねるが、ロランスは転んだとウソをつく。

そこへウェートレスの年配の女性が、コーヒーを注ぎに何度もやってくる。

「失礼、ソチラのムッシュにも…あら、マダムだったかしら?」

「大丈夫、慣れてます」 ロランスは大人の対応をするが

「それにしても変わってる、趣味でやってるの?」

オバちゃんはジロジロ、好奇心が止まらない…

 

 

フレッドはブチ切れ、机をドカーン!

「うるさいんだよ、ババア!無神経だと思わないの?

私たちに外に出るなっていうの?

彼氏にカツラを買ったことはある?

どこかで殴られてるんじゃないかって、外出のたび怯えたことはある?

アンタにはわかりっこない。土足で踏み込まないで!」

店の中は騒然とし、フレッドは怒りに震え外に出ていく。ロランスも後を追い

「フレッド、待って!お礼を言わせて」

しかし彼女はタクシーに乗り込み去ってしまった。

 

 

(pinnlandempire.comより)

 

 

ロランスは自分の気持ちを代弁してくれたかのような言葉に

嬉しいような、困ったような表情を浮かべます…

これはフレッドだけでなく観ている私たちの心の叫びでもあり

この場面は一番スッキリ爽快!でした。

しかし現実問題が山積みのフレッドたちにとって

これは一つの過程に過ぎないのだとわかります。

終わりではなく始まり、

なんの解決にもなっていないことに愕然とします。

 

 

ある日フレッドはロランスに告白をする…

パーティで出会った人と付き合い始め、ここから引っ越すというのだ。

「アナタは性別、ワタシは住所を変える」

「いったい何を求めてる?君が望むものは全部あげる、今は調整期間なだけ」

ロランスは今日は男装で説得する。

「なんでそんな服で来たのよ…」 いつもの女装でよかったのか?

そんな風に寄り添ってほしくなかったのかな。

 

 

フレッドの突然の申し出には驚きますが

心変わりしたからだとは到底思えないんです。

このままでいては自分にとっても

彼にとっても良くない、と思っているのか。

「その男に恋をしてるの?」 「ええ、そうよ」

すると、ロランスの口から蝶が出てきた!

驚くような象徴的な映像が時々入ります……

 

 

(rebloggy.comより)

 

 

傷心の彼は実家に帰り、そんな彼を見た母親は今度こそ反旗を翻した。

父親の見ているテレビをコンセントから抜いて持ち上げ、叩きつけ…

アッケにとられる父親を放ってロランスと出ていくのだった。

外には雨か雪がたくさん舞い散っているが

傘をさした親子から不思議と暖かさが感じられるシーン。

 

 

何年か後、フレッドの家には小さな男の子が、ロランスの子ども?

そして車の中から彼女を見つめている金髪の女性…

ここで流れる デュラン・デュラン 「ショウファー」 がカッコいい。(ファンです♪)

女性が帰っていったのはロランスの元だった。

彼は今やトランスジェンダーの作家として社会的に認められつつあった。

母親も今では 「(最初から)娘って気がしてた」

そして彼自身もフレッドを陰から見守っているのだ。

 

 

ある日フレッドは郵便物を受け取る。それはロランスが書いた本だった。

本を読み進める彼女に大量の水が降り注ぎ

ソファも机も家の中はびしょ濡れだ。

この場面で?象徴的ですね~、「インセプション」 の場面を思い出します。

 

 

(gfycat.comより)

 

 

フレッドは時折泣きながら、文章を追っていくとある部分に気がつく……

そこだけは大文字で書かれていた。いったい何が?

フレッドは手紙を送る。

「ロランス、あなたはすべての境界を越えた。あとはドアだけ」

それを同居のシャルロットが先に読んでしまう。

彼女は見切りをつけ荷物をまとめ部屋から出ていくが

ロランスにとってはどうでもよかったようで…ちょっと気の毒。

 

 

やっと表玄関から訪ねることができたロランスの爽やかな笑顔。

フレッドも全力で抱き付いてくる。

「どうしてわかったの?」

「本を送ってくれたでしょ。(見てなかったら)うちのブロックをピンクに塗れない」

こっそり塗っておかれても、ストーカーされても

フレッドは嬉しかったみたいね。

そんな2人をずっと見つめているもう一人のストーカー?シャルロットの姿が……

 

 

……ここは前から行きたかったイル・オ・ノワール、愛の逃避行!

フレッドは鮮やかなブルーロランスはパープルのコートを着て

なぜか上空からたくさんの色とりどりのスカーフが舞う中

サングラスをして仲良く歩く2人、まるで夢の中のような…

このまま飾っておける美しいシーン。

 

 

(s.cinemacafe.netより)

 

 

フレッドはロランスのことは秘密にしてここまで来ていた。

しかしシャルロットが彼女の夫に真実を話してしまったのだ。夫は電話でこう言った。

「必要と思うことをすればいい」 。。。。。。。

 

 

「2人に会うことで希望を得たかった、幸せの形を見せたかった」

ロランスの気持ちも、家庭が気がかりな今のフレッドには届かない。

「何が幸せの形よ、同類2人が隠れて暮らしてるだけでしょ。

外見が重要でない?よく言うわ」

「電話で何か言われた?この愛は誰も壊せない、君以外はね!」

「何もかも失う道を選んだのはアナタなの。

私があなたを愛してるとわかってるくせに!」

 

 

そしてフレッドは告げる、あの時ロランスの子を中絶したことを。

「だって私、一緒にいたかった。また戻れると思ってた……」

じゃあ息子は夫との子だったのか。

まあ、ロランスの子だと隠して産むだなんてメロドラマ、美談でも何でもないよね。

しかし、一緒にいたいから中絶って?

相談すべきかと思うが……知った彼はどう出るだろうか。

きっとフレッドはその答えが怖かったのだろうと思います。

 

 

(indiewire.comより)

 

 

自分との子を中絶したと知ったロランスはやはりショックを受ける。

元はと言えば彼が女として生きると決めたせいなのだろうが

身勝手なのはどちらか…

2人は再び別れの道を行くことになった。

 

 

また何年か後、ロランスはフレッドが夫と別れ戻って来ていると聞き

彼女に電話をする。2人はなんてことないようにまた再会。

「元気そうでよかった」 ずっと別れていたとは思えない日常感。

でも深い話になると再び堂々巡りになってしまう。

ロランスは言う。 「女性にならなくても別れていたのだと思う」

フレッドは答えずトイレに立ち、そのまま外に出て行ってしまった。

ロランスも予期していたのか外に出て、2人は違う方向に…

舞い落ちるたくさんの落ち葉の中を歩いていく……

 

 

(homemcr.orgより)

 

 

最後に映るのは出会った頃の、恋に落ちた初々しい頃の2人だ。

フレッドにウィンクするロランス……

これから始まる恋と、すでに終わった恋。

対比が鮮やかな分だけ心に沁みます。

感じるのは悲しさより、不思議な清々しさでした…

 

 

(webdice.jpより)

 

 

「今は本当の自分になった」 というロランスに

「でもそれによって失うものもある」 母親の言う通りになったのです。

ロランスは男性を好きになるゲイではないと言っています。

女性になっても好きになるのは女性であるから

ややこしいけどトランスジェンダーでレズビアンということになるんでしょうか?

世間はとかく色メガネで見てしまいますよね……

だからこそ乗り越えた人は魅力的に見えるのかもしれません。

 

 

性別をどう考えるかということは

自分自身の追及の一つにすぎません。

ヘテロセクシャルが多数の世の中だからといって、それが普通であると言うのは…

そもそも 「普通」 って何でしょう?

悪く言えば 「平凡」 とか 「凡庸」

対する言葉に 「特別」 「非凡」 こっちの方がスゴい気がしますよね。

(「異常」 もありますけど…)

「普通じゃない」 イコール素晴らしいこと、だとも一概に言えませんが

誰だって、自分自身の人生を謳歌することが一番でしょう。

 

 

 (giphy.comより)

 

 

そしてこの作品、スゴイのは

「愛がすべてを乗り越えない」 という所なんです!

乗り越えてしまっては軽すぎます、感動的じゃなく あざとい ですよ。

どちらかが犠牲にならないといけない状態ならなおさらです。

よく愛とは見返りを求めない、無償の精神だなんていわれます。

自分を犠牲にすることがいいことなのか……それは偽善かもしれない、

与えるプレッシャーが後々まで尾を引くと思うからです。

そんな自分に酔っているようにみえてしまいます……

 

 

他を顧みない自己愛は論外ですが

本当の自分を探してあげることは純粋な愛だと思います。

「自分を愛せない人は他をも愛せない」

道は違っていても幾度も向き合い、自己を主張しながらも恋人の想いを尊重する。

この2人はなんとかしてどちらも大切にしようとして努力した、しかし叶わなかった…

別れたのは相手を自分の意のままにせず

大事に想っているからに他なりません。

こんな恋人に出会えたことは人生の宝です。

これは愛の一つの形、ある意味究極でなくて何でしょう。

美しく強く、誇り高い…こんな恋ができるなんて!

 

 

彼らはお互いに何度もこのセリフを言い合っています。

常に相手を理解したい気持ちが表れていると思いませんか?

「何を求めているの?」

2人の幸せは一緒に歩く道でなく

お互いの道を認め合えたところにあったのかもしれません。

別れの映画?いや、

間違いなくハッピーエンドでしょう。

 

 

(nufec.comより)