Playlist from Sundy

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      日曜日よりの論者

 

 

track69 ▶️ The Iron Claw

 

 

 

 

突然ですが、「父親殺し」という言葉をご存知でしょうか?

 

何を突然!物騒な!と思われた方、ご安心下さい。

 

これは心理学的な表現で「父親を乗り越える」という意味です。

 

心の中で父親と格闘し、心理的に乗り越えることを〈殺す〉と表現しています。

 

精神科医の樺沢紫苑氏は、自身の著書『父滅の刃』において、子どもが大人へと成長する過程で必要となるのが、この「父親殺し」であると述べています。

 

「反抗期」の一種で、主に父親と息子の関係で使われます。

 

思春期の男子は、父親とぶつかり合ったり、折り合いをつけたりしながら、父親との「葛藤」を乗り越え、親、人、社会との距離感をび、一人の男として、大人として成長します。

 

「父親殺し」における父親の役割とは、息子に「規範」を示したうえで、〈越えられる〉存在です。

 

言わば、息子にとっての「最初の目標」です。

 

価値観が多様化する現代の父親にとっては難しい役割です。

 

 

さて、映画にも父親と息子の関係を描いた作品が数多くあります。

 

昨年公開された『アイアンクロー』もそのひとつです。

 

 

🔽 以下、映画の内容に触れる箇所があります。ご注意下さい。

 

 

この映画は、厳格な父親の下で育った息子たちの葛藤と苦悩を描いた物語で、その基となっているのは、1980年代にプロレス界で活躍した「エリック一家」の “壮絶” な実話です。

 

父親のフリッツ・フォン・エリックは、かつてジャイアント馬場やアントニオ猪木と死闘を繰り広げたこともある名悪役レスラー。

 

リンゴを握り潰すほどの強力な握力で対戦相手の顔面を鷲掴みにする、「アイアンクロー」を得意技とすることから、“鉄の爪”異名で恐れられていました。

 

そのフリッツの息子たちが、次男ケビン、三男デビッド、四男ケリー、五男マイクの「エリック兄弟」です。

 

フリッツとは正反対の、ベビーフェース(善玉)としてデビューし、アイドル的な人気を博したエリック兄弟。

 

彼らの活躍は、フリッツが運営するプロレス団体を潤します。

 

フリッツは、プロレス家業の他に、銀行やホテルを経営する実業家としても成功を収めていました。

 

そんな “鉄の爪” フリッツにも掴めないものがありました。

 

それは、当時の最高峰「NWA世界ヘビー級王座」のベルトです。

 

フリッツは、自身が掴めなかった夢を息子たちに託しますが、その方法は、兄弟間でベルトを競わせるという、仲の良い兄弟にとって非常に残酷ものでした。

 

更にフリッツは、息子たちに「強さ」「男らしさ」を求めました。

 

絶対的な存在である父フリッツに逆らうことは出来ません。

 

様々な「プレッシャー」が、エリック兄弟を身体的、精神的に追い詰めていきます。

 

そんな中、エリック家に悲劇が襲います。

 

三男デビッドが日本遠征中に急死。25歳でした。

 

(フリッツは最初の息子ジャックJr.も幼い頃に不慮の事故で亡くしています)

 

その後もエリック家の悲劇は続き、五男マイクが23歳、次いで四男ケリーも33歳で自ら命を絶ち、更に映画では描かれていませんが、一番最後にプロレスデビューを果たした、六男クリスまでもが21歳で自死します。

 

いつしかエリック家は、「呪われた一家」と呼ばれるようになります。

 

 

エリック家の悲劇の理由を、「父フリッツのプレッシャー」とみなす声と、それに付随して、フリッツが息子たちに求めた「強さ」や「男らしさ」といった「古い固定観念」を問題視する意見があります。

 

本ブログでは、樺沢紫苑氏の著書『父滅の刃』を参照とした「父親殺し」の観点から、映画『アイアンクロー』で語られる「エリック家の悲劇」について考察します。

 

1929年生まれのフリッツは、大恐慌時代の貧しい家庭環境で育ちました。

 

当時の時代背景を考えると、大変苦労したことが想像できます。

 

生きるために、「強さ」「男らしさ」、そして「厳しさ」が必要でした。

 

フリッツが「プロレス」で息子たちを守ろうとしたのは、彼にとっての正義でした。

 

では、一体何が問題だったのでしょうか。

 

私は、フリッツが息子たちに「父親殺し」をさせなかったこと、そこに問題(悲劇)があったと考えました。

 

フリッツは、一切の隙(弱さ)を見せず、高い壁として息子たちの前に立ちはだかります。

 

つまり、成長の過程において、息子たちが父親を〈乗り越える〉機会がなかった。

 

映画終盤、弟たちを失った次男ケビンが、絶対的な存在である父フリッツに、これまでの鬱積した怒りや憎しみの感情を爆発させ、身体的、精神的に圧倒します。

 

それはまさに「父親殺し」であり、父親を〈乗り越えた〉瞬間でした。

 

思春期をとっくに過ぎた30代後半という年齢でしたが、父親という「最初の目標」を乗り越えた次男ケビン。

 

興味深いのは、彼が兄弟で唯一健在であるという事実です。

 

私は、父親と息子の関係を描いた映画『アイアンクロー』の深淵に、「父親殺し」という隠れた主題を見ました。

 

私にもこれから思春期を迎える二人の息子がいます。

 

あまり高い壁になり過ぎず、超えられるぐらいの目標が丁度良いのかもしれません。

 

何かとややこしい世の中ですが、本や映画、色々参考にしながら、息子たちと向き合っていきたいと思います。

 

最後に、本作品で次男のケビン役を熱演した俳優ザック・エフロンの言葉を劇場用パンフレットから引用させていただきます。

 

「この映画はレスリングについての話ではありません。家族やケビンが失ったもの。そして彼がどうやってそこを乗り越えたのかについて語るもの。ものすごく深い話です。」

 

 

 

 

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The Iron Claw by Sean Durkin