検査結果を含め、先ほどの先生が結果を伝えにきた。先生からの判断は、主治医の先生の配慮もあり、今日明日明後日の3日間点滴を打ちに来るなら帰ってもいいよというものだった。
その報告を聞いた私も父も一緒になって涙を流して、よかったね、よかったと泣いた。
私はその時人生で初めて『うれし涙』というものを流した。
病院から帰宅後、パートから帰った母に無事に帰れたことを伝えると、割とあっさりとした反応をされた。父はもっと喜べよ、とか、もうこっちは号泣だったんだぞ!とか、感情がないなーなんて口々に言っていたが案外そういう日常が私にとって凄くありがたく、また嬉しかった。
相変わらず圧迫感などはあったがそれでも久しぶりに安心して眠れた夜だった。
次の日には父と医大で採血と点滴を済ませ、診察では最近出てきた喉の違和感について話すと、合併症の影響で食道が炎症を起こしているらしい。そのせいで唯一の楽しみである食事をめいいっぱい楽しむことができない。それは寂しかったがまだあと数日も家にいられると思うとそんなものは苦痛ではなかった。
最終日には行きつけのラーメン屋さんで一杯ラーメンを食べきることができて満足感と満腹感で満たされた。
父も母も喜んでくれ、自分も何だか恥ずかしいような、嬉しいような気恥ずかしさがあった。
また明日から入院。入院を控える前夜はいつも、帰りたくないと思う。このまま今日が続けばとか、寝るのがもったいないとか、そしてまた首に管を入れるのか、という恐怖と不安。複数の感情が入り乱れる。
家の匂いが染みついたベッドに枕、重みのある布団。病院とは全く違う。
ああ、嫌だな
10時半には家を出て病院へ着いた。部屋が大部屋でがっかりした。大部屋だと声を潜めたり、寝息がうるさかったり、好きに音を鳴らせなかったり、最悪だと看護師さんに文句ばかり言う患者がいたりストレスが溜まるから嫌だった。だが仕方ないのだ。早く結果を出して家に帰ろう。そう意気込む。
次の日から治療が始まった。”また”首に管を入れ、たくさんの薬が私の体を巡る。
”また”、抗がん剤治療が始まる。
