何度も観てもブラックジャックの「しずむ女」に慟哭す！

この作品は、手塚治虫御大のオリジナルで、リニューアルらしい。ブラックジャックのモチーフで制作されたものと思う。ストーリー設定も今では、古い公害の汚染と人間の生活だ。まあ、現在も丁度、カーボンニュートラルで、環境問題の熱の高い時代。決して古さで遠のくテーマでもない。まだ、観ていない人の為に、極力ストーリー解説はしないで置こうと思うが、最小限に、行わねば、「慟哭」も何も有りはしないので。

このエピソードの主人公は、出生の分からない住所不定、少し知恵遅れで、公害の海で、魚を捕って売る１９歳の若い海女、月子。三日月市で発生した化学工場排水の公害で食用禁止になった魚を捕っては売る娘も公害病に侵されて脚関節を手術、ブウラックジャックが治すものの、海に呼ばれるように、海に入って沈み、大好きな海に死す、と言う物語。
悲しいストーリーも、今では、疑似のストーリも多い事から、慟哭なんて考えられない事なのだが、突き刺され、込み上げが押し寄せて、心の中で涙に溺れる。それも２回、3回と。自分でも、何が刺さるのか？分からなくて慟哭しながら、それを探ってもいた。エピソードの中の1話の、アニメとして特に演出が高等と言う事も無く、ただ、こういう状況に嵌れば、こういう結末その在り来たりのルーチンの中でも泣けて来る訳だから、ストーリーと言うよりは、人と人の社会の運命が刺さって来るのだ、と思う。

人は、どんなに幸せでも、どんなに裕福でも、逆にどんなに辛い生活でも、苦労で陽の目を見ないどん底でも、それ以上の恐れを持って生きている。これはどんなに成功を手にしても消える事も離れる事ではない、「何時でも、どんな安心の中でも、一瞬で失い死に至ると言う生身の脆さ、それを頭に浮かべるだけで悪寒が走るほどの恐れになる。世の中には色んな人が居るけれど、共有は、この「恐れ」。

月子と言う娘は、そんな恐れを持たずに、純粋に生きる、を行ってる。純粋故に、人々に、情けを頂いて生きてる。その人々も、きっと月子に生きて、生き続けて欲しいのだ。鑑賞する自分も生きて欲しいのだ。が、他の生き方を知らない娘は、公害と言う運命から離脱する事も出来ずに命を落としてしまう。誰も恨めない公害は不幸でも、皆々の善意の中でも、生きる方向を見いだせなかった悔しさと苛立ち、人としての弱さと恐れに突き刺す、どうしようもない残酷な奈落。そんな月子も、三日月湾の海を愛し、人々を愛し、その中で生きるを糧に身体の中に「青い真珠」を残して、後悔も未練もなく去って行った。

慟哭の理由を探しても、涙の理由を探しても、未だ見付けた気もしない無力感が、更に涙を呼ぶ。人は生存中では「苦しい中、笑顔を得る旅をする」知恵遅れで生れた月子は、公害と言う被害を受けながらも、治癒の途中で、海の戻って、その海に沈んで命を落とした。おそらくは、青真珠を見つけようとしたのか？見つけたのか？偶然に身体の中に取り込んだのか？いずれにしても笑顔で逝った。本来ストーリーのピリオドとして定番では有るものの、その笑顔が怖いのか？悔しいのか？複合した感情が押し寄せる。笑顔で次の世に旅立ちたいと思っては居ても、実は、自分の中にも、それを見送る人にも、この世を愛する未練が見たくも有り、欲しくも有る、そののような表情を望んでいたのかも知れない。だから笑顔で逝く、を望みながらも、笑顔で逝く顔を見たくないような拒絶が有る。笑顔とは生きるための追求であって、あの世へ逝く顔では無いと言う事か？どんなに不幸を背負っても、笑顔し作らない沈む女は、やり遂げ達成感は無い。ただただ花のように咲散る風情は、全くの自然。自然の動植物の逝き方ではなくて、人間は死の瞬間にも、死に方を描いていると言う事なのかも知れない。それにしても、笑顔で逝った月子に、悲しみが募って来るのは、一体何故
なのだろう？きっと、無意識に生きても、無意識に逝きストーリーを皆、持っているからかも知れない。そんな生きる傲慢を、死んで行く傲慢を、打ち砕く月子の死だったかも知れない。

強い志を持って果敢に挑む者は「絶望しない生き方」「絶望ではない死に方」理屈で全うしようとする。対局には、余分な望みを持たず「命を生き」「尽きて死を迎える」果たして自分はどちらの立場で慟哭しているのか？たぶん前者だろうが、後者に対しては、その生き方死に方に「認めない」が有って「安らかな自然体の死」の崇拝も有る。どちらがどう？ではなくて、この葛藤は命終わるまで続くし相容れない「その軋み音」が慟哭なのかも知れない。月子？は後者だが、動物好きの作者、手塚治虫御大の生命観が人間へのメッセージと思えば、言いたき事も後者だったのか？