延を抑え込む」実績の一例と評価すれば評価できる。だが、現代のサディステックマスメディアは、偉そうにネガティブ評価しかしない事だろう。そんな中、開催権を持たないアスリートは、ただ待つ事のみで、不十分な機会を待って、開催されたオリンピック。アスリートを単に演技者として見るのではなく、少しでもリスペクトの気持ちが有るならば、どんな縮小の形で有っても続けて欲しい、は我が考えだ。だって人類の財産ではないのか?世界に小さな争いが生じていても、多くの難民、飢餓の苦しみに合ってる人が居ても「希望の光」で継続して来たオリンピックだ。その希望の光を放ってくれたアスリートと、苦しい時こその「祭典意義も有る」それを、やる意味が無いとか、感染蔓延に油を注ぐとか? オリンピックの精神「チャレンジ」と真っ向反対を言う。このコロナ過のオリンピックが、東京で有った事、オリンピックにとっては幸運であったと。何故ならば、この世界状況の中で、17日間、206カ国、を集め、遣り切る事の出来る国は?を考えた時に、資金と安全と、何より、アスリートを守る事が出来たのは、日本国しか無い。だから日本がオリンピックを引き当てたのでは無く、オリンピックが日本と日本人を引き当てた。そのものと言える。
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