昭和天皇とマッカーサー元帥の史実が、日本と米国の深絆
前書き・・いつも不思議に思っていた事が有る。さ~~と全世界を見渡して日本人とアメリカの関係って尋常ではない何か、接着剤がある。それが何なのか?たった一人の人物が一人の人物と結びつく事も簡単ではない世に合って、世界を見つめる時、日本・アメリカの結び延は、単に気が合うは済まされない、真芯の絆が通っているように思えるのだ。自分個人の偏見か?と自問するも信頼感と言うもの、捨てきれない何かがある。もちろんの事、アメリカ嫌いの居れば、日本嫌いの人々も居る事も前提にしても疑問と考えれば答えが出ない。勝った負けたで言うと本当はアメリカ嫌いが多くて当たり前が、その計算式の答えに成って居ない。アメリカ人にしても西洋人優位の根底を持つにしても日本人を下等扱いもしなければ、して居ても、それは兄弟の上下意識で有って敬意で見つめて、親切で返す。そんな交流が最初から結ばれていたかのような運命絆も作用しているように思う訳だ。絆も不変だった訳でも無い、圧力を加えられ、苛められたり、武力の衝突もした。尊敬できる領主も居た、逆もあった。けど崩れない意味は何か?今年アメリカは建国から250周年。勢い的には「盛者必衰」か?と思える端々も有って、でもまだ日本は隣側に居ようとしてる。
これ、ある意味、アメリカの辛さ哀れ、を解って支える身内絆も働いているような付き合い方なのだ。力持ち兄貴、ではなくて長兄の哀れをも知る絆なのだ。今それを考察してみたいと思う。80年前、日米は、妙な因果で戦い日本は完膚の敗北を期し、ん~憎しみを積重したか?と思いきや、恨み持ちも清流に流して、今、お互い巣のままに関係を保っている、ここに不思議と訳の答えを出さないと現代の意味合いを継続出来ない、と思う。アメリカは日本を下見して遅れた劣化民族と思ってるのか?いやそれでは付き合いが続かない。日本は、物乞いをして充足の果て従属して来たのか?いずれも違う。争い事が有っても憎みも切れない、許しても前に向かう信頼とは何なのか?現代も関係悪化の事態が起こりつつあるアメリカの建国250年期、アメリカの「盛者必衰」が脳裏に浮かんでしまう昨今。それでも離れる事の無い日米の真絆は、案外、日米国民にも根底流が解って居ないのではないだろうか?歴史経緯からしても袂を分け損得離反してもいいのに、そうはならない理由、何かがある、でも深堀はされなかった。リンカーン。ケネディ、・・憧れた偉人のせい?、それよりも、アメリカにとって親友と言う国は、実は無くて孤独な国も認識し、日本とて、国の成り立ちが唯一無二も有って、親友国?と言える国は無い孤立国、この点からも考えないといけない。実質を言えば、アングロサクソン系の国は、今も差別の強い国、この実質からの観点からも日米関係は、実は特殊且つ不思議の存在なのだ。

マッカーサー元帥

人が人を好きになるって事は、話が通じる、が一番でしょう。中には外見重視と言う人も、財産持ち重視と言う人も居るでしょうが、人と人を考えた場合に価値感が、と言う前に「話が出来る」から始まる。では日本人はどうなのか?レベルが高度で均一な「正直と伴う人格」を旨として持っている国民と思っている。だから「嘘を言う国民、国は嫌いだし、嘘を言うように育った人民を哀れにも思うけれども、対応には距離を取る。これが中国やら、韓国一部に持つ底に有る感情だ。こうした清廉潔白を律義に通すと、当然に付き合える国民も国すらも選んでしまう結果になり、付き合いが狭く成り果てるが、日本人は線引きや、素養で寛容も持ち、区別を持って差別なく付き合い切る、その能力を持つうのが日本人。そうすると日本人が心から気を許せる国と国民は、この地球に居ないと言う事にもなるが、これを言うと「島国根性」とも揶揄される処だが、世界を眺めてどうだろうか?唯一に近しい存在に成れているのが、「アメリカ合衆国と国民」あの第二大戦で日本を降伏せしめ、原爆迄落として殺戮した国に対して尚且つ親しみとは?どんな因果なのだろうか?子供の頃より、薄っすらと、でもハッキリさせようとも真摯に考えて来た。   個々の好き嫌いも有ろうけれども、日本人にとって合衆国は信頼に値するのか?損得において、武強においても、日本に益を齎したのか?一つ言えるのはアメリカ合衆国と言う国の成り立ちが唯一無二、と言う事。日本も皇国として世界唯一無二、同士の絆かなあ?なんて思って見たりした。確かにその他の国は特に先進国と言われる国々も、王国と貴族と貧民で構成されて来て、現在はその貧民が民主と言う主人だ。独裁国家に至っては、基本独裁と貧民で構成してもっと格差を付けて維持したい、とする国家だ。そうした中で合衆国は、基本、上位中間層が新しい民主国家のパイオニアを目指して新大陸で建国した国。今は人種差別の象徴的な国のような言われ方でも、実際は、人種が上下の壁を突き破って発生した生活権の奪い合いの闘争で、単に人道徳で解決出来る問題で無く、根本的に新しい価値観と倫理、素養が一致しないと解決の門は開かれない問題で、でも微速でも難しい解決の道は歩みつつ、とも思ってい見ている。日本と合衆国、言うなれば、本当の人民層のレベル合致で繋がっているのか?と思う事しばしば。つまり日本にも縄文時代の過去まで遡れば、同じ状況をの経験値が有るとか?。これは塑像に過ぎないが、何やら人民レベルで同等感は感じてしまうのだ。実際に戦後に限っても、合衆国は日本に対して至れり尽くせりだった訳でも無く、経済と闘争、理不尽を押し付けても来た。でも日本人は、第一に合衆国を崩さない。経済力が、武力が怖いから?何時もそれに威圧されて来た?それならば、バブル時代にもっともっと積年の恨みを仕返ししていただろう?何故?西洋先進国に親しみを変えなかったか?彼らの民主は極めて感情的な不安定さで信用が成らない面を持つ。これが嘘や騙しの入り口を感じるから、アメリカの人物を考えて見よう。
一番印象深い人って、恩義を感じる人物って?誰だ?日本人が誰も知っている名言と偉人らは沢山居る。合衆国もそうだろうが、時の政府でその国は語れない。すれば、とすると平民がお互い親しみを持った?そんな接点は考え難い。合衆国民は日本を下見していただろうからだ。日本人は、どのアメリカ合衆国人を見て信頼して来たか?一つ思い当たるものがある。日本が東南アジアの植民地解放のために進攻して、解放を果たした各国は、令和の今でも日本国に親しみを持ってくれている事実。それを成してくれたのは、日本帝国では無くて一介の日本帝国軍の一兵卒の親しみ行動だと言える。返す刀で日本とアメリカ合衆国を考えた時、その時のアメリカ軍と一兵卒。そして指令マッカーサー元帥その人だと思う。マッカーサーは合衆国政府と敗戦日本国との間に入り時に削って主体を守った。本土命令そのままならば、日本の主体は消えたに違いない。もちろんマッカーサー元帥が行った事、全部が正しい事とは言い難いが、憲法の押し付け?世界の注目下で致し方ないだろうし、教育に日教組を用いた事、封建制度是正でのいろんな改革、自身が言う様に「日本は防衛の戦争をした」認識を示して外交交渉に於いて中学生」とも言って庇った、庇った結果、自分の大統領目指しを折ってしまう結果を作ってしまった。「老編はタダ去るのみ」。戦後の日米をの関係を見る時、日本はタダ合衆国を怖がっただけか?違うと思う、いざこざも有りつつ、保って来たのは、誰ぞの恩義に寄る。その人の名は「ダグラス・マッカーサー」日本人は肌で感じて取っている。この人以外の人物だったら、日本は国体を守れなかった、と。その恩義で今の合衆国の親しみも維持しつつも恩返しのその時を待っている。     

実際を眺めても、合衆国は西洋先進国の中では同じ白人社会でも「成り上がりの傲慢」と心底には思っているし、見下しと強者従事のジレンマで装っている。実は合衆国民も「嫌われは重々解っている」その為に共産独裁ともパイプは持ち続けて、しかし西洋各国、大筋合意ででは従いを見せるだけの事。嫌われ者合衆国国民は親しみを持って接する日本国民を概ね「偉大な合衆国に平伏している」と思っているだろうと思うし、何よりこの事実、不思議さを持って日本を見つめていた筈だ。けど少なくとも心情は違います。日本人は、「マーシャル・マッカーサーは身を挺して日本国体を守ってくれた」、と受け取っている。マーシャルからすれば、元々、F・ルーズベルト大統領に批判的だった事の事情も有るのだけれども、敗戦した日本の統制から垣間見た日本は「悪の枢軸からは掛離れていて、従属に置くよりも、協調、協力関係を目的に、日本を出来得る限り変えないで守って将来に繫いだ。日本にとっては大きな恩義に成り、その恩義でアメリカの配下に存した。この日本がいなかったら、アメリカはもっともっと世界から嫌われていただろう。白人世界からは僻みでアジアからは恐れで、中東からは経済圧で、でもアメリカが許されて来たのも日本の存在で武力で恐れられ、嫌われる役回りの国である威力国から、善良国家のイメージも薄っすらついて来た。これらは日本の貢献。そして、これは日本の一つの恩返し。アメリカ合衆国に恩を返し切る、返し切る、それまでは日本人、合衆国従順だ。いや、日本人はこれを基礎として継続していくだろうな?ここで日米の関係を振り返って見て欲しい。アメリカはこれまで経済大国で技術大国だった、そこに敬意を持っても日本人が敬意を持つのは、定番が有る。それは行動と真実に殉じて嘘をつかない品位だ。この定番基準を見せつけた人物っていただろうか?アメリカ政治家?偉人伝説人は多く聞くけれども、日本と言う国と日本人と接して人は少ない。有名どころで、ペリーか?ダグラス・マッカーサーしかいないのである。とは言っても、我もペリーも知らないしマッカーサーも日本に居た話しか知らない。例えば、この二人を信頼したのは、その後のに日本に遣って来た、エンターテーメントかもしれない。ディズニーからハリウッドに私は、「行動と真実に殉じて嘘をつかない品位」を感じ取った。そこから遡及して日本人が畏敬を持つ人物は誰?と言った時にはD・マッカーサーしか現れないのである。今アメリカは、いろんな側面を日本人にも見せている。決して善の面だけではない、狡い面も見てしまっている。それでもあれから80年、日本と日本人は世界の中では、先ずアメリカ合衆国を心に描き抱いている。今、日本も成長して来てアメリカ人自身が片隅に思うだろう事「何故?日本人は、合衆国を大事に思ってくれるのだろうか?」これをもし尋ねられたなら、言いたい「D・マッカーサーへの恩義とその信用だ」と。逆に「日本人は、何故?アメリカが信頼して好きなんだろうか?」こんな置き土産頂いた日米国民。蛇足の一言、「だからアメリカ国民よ、D・マッカーサーを邪険に扱ったら日本人は、アメリカは変り果てた、と断定して親米返上するだろう。80年後の今のこの日米関係をマーシャル・D・Mはどんな思いで見つめているだろうか?それはそうとアメリカ国家が、同じ白人系の西洋諸国を反目気味に見て信頼を仕切っていないのか?それら諸国をさて置いて、なぜに日本を信頼するか?肌の色を超えて親しみが有るのは何故か?それは、米国人は、同じ民主主義国でも階級社会の民主の二枚舌部分を好まない点がある。階級社会とは、貴族社会を否定しつつも憧れを持ち、誇りにしている部分。この部分で排他もする。アメリカ国民と言うのは、この部分のリベラルだから好きに至らない特徴を持つ、日本人を本音と建前の二枚舌、って言うけどそれだからと言って裏切らない日本国に近いものを感じ取るアメリカ国民性遠いようで近いのである。 このマッカーサーと言う人物の存在についてはいずれ「心理の湧き水」記すつもりなので、今回は、一先ずここでジ・エンドだ。
後書き
マッカーサーの成した事、特段に日本の為や世界編話の為だ度と言う意図で行ったとは思えない。ただただ、母国アメリカの為の尽力に過ぎなかったかもしれない。本人も合衆国大統領に昇り詰めたい希望を持っていた事からして、「母国への裏切り」イメージは最も避けたかった事だった筈。だが、日本人もそうだったように、アメリカ人でも合理主義とは別の、筋論を大切にしていた古い考えを持った武人と伺える。やはりアメリカでも日本でも、ともに「赤狩り」と称して共産浸透を防いでいたにもかかわらず、浸透を許していた時代。だからこそのアメリカ律志も強かった事が、日本人には、あめりかの武将に見えた事もあり、彼の思考と行動と判断を、「日本武将として先を予想していた節が有り、日本国民は、その部分に信頼を寄せて従事もして来て、結果として親しみを向けた、と思っている。勝手な邪推と思うかも知れないが、マッカーサー自身も日露戦後。訪日して日本武人に触れているし、もし、マッカーサー以外のGHQで有ったなら、日本はアメリカ植民地人に成って居た事も否定できない。マッカーサーと言うある意味、古さを以て一途さ頑固さ、そして高い素養と見識、武骨な程の本来感を持ち合わせて居なかったら、もっともっと日本は自由を奪われていたように思う。これも想像と言えば想像だが、当時状況で自分の功績をアピールする一番の方法は、「日本国民を苛める事」がアメリカ国民の人気を得る五番でもあった筈、を彼はしなかった。何故でしょう。日本を生かして、未来を共に歩める国と判断した処分、処置に日本人は
答える民族と判断したかで有ろうとそこまで想像してしまう。のだ。それ程に「もし、マッカーサーで無かったら?」と想像すると血の気が引く思うが襲う。だって世界のどの国武将も武勇と功績と名声優先でしょうから、そこの逆から思慮しても、マッカーサーの取ったGHQ政策は設計図に反する部分が多く有り過ぎだ。最も日本にとって良い事ばかりを強いた訳でも無く、失敗事例も沢山有る。日本歴史を屈折させた事やら、もっとも間違った事は、新教育制度の施行だろう。ともか く、日本国の日本人の為に働いたGHQでは無かったと言う事。勝った負けたの事実を形にすべくの、勝った側の面子立てが仕事も言えたないようだが、それらを除いて、日本と言う国の統制と国力の関係は身が理解したようで、その理解が「日本と言う国は 国と言う鑑を持った国として生かした方がアメリカ国の国益、と理解判断を下した。それは理屈ではなくて、相性が合う、とかの瞬間的な言わば一目ぼれに近い感覚だっただろう。その一端に昭和天皇も居られたであろうが、やはり感情的、欲得的でない日本国民の素養分別力が一番の価値として鑑化して身に降りた。その理由にマッカーサー自身には差別主義者では無い識者であったことが日本をより相性の良いものにした。と思う。世間的には、野心家で目立ちたがりで、戦略家で、自分の前に出る人物を、つい潰しに掛かる、等の評判で言い広げられていた、故の日本国民は、その日本未来を心配したけれども、日本に来たマッカーサーは、世界観も国の強弱観念もなにより、人間識者、素養として高い人物だった事が日本を救った、と言う言い方をして置こう。日本と言う国は、馬鹿頭で見れば、人が良いだけの劣化国に見えるし、高い良識素養で見れば、異型を以て親しめる国に見える。それは現代も変わらないが、GHQ全体が、素養が高かった事が言える。そこに救われた日本特色も浮き彫りになる。実際日本がアメリカを知った一番の機会でもあって、市民的に話して解かるアメリカ国民を知った機会でもあったと理解する。戦後の日本人に「アメリカ人とは、ウマが合う」と思い込んだし、それを敷いたGHQだったと言え、GHQの統制の姿。これが他国のGHQだったとしたら、相当に虐げられていただろう。このように、どの観点から思考しても、ただただマッカーサー様様しか言葉が無い、ので有る。当然の事,GHQの行った日本改革は、本国の政府の目指した在り方とは相当の違いを生んでは居たろうが、アメリカ国内のマッカーサー人気が上がった事で不満が表立たなかった。俗的言うと、人気取りのワンマンプレイに見えても、日本国内のアメリカ感謝世論がアメリカ国民の自尊を高揚させてアメリカプライドの形成に大いに貢献した。第二世界大戦の終幕としては、アメリカは 勧善懲悪のハッピーエンドのドラマ幕引きが出来た格好だ。

一方の、日本は、明治開国以降は、西洋の「嘘と裏切りのジャングル」迷子状態だった。だが、日本が「嘘のと裏切りジャングル」日本らしくも仲間入りを試みようとして失敗で終わってしまった第二次大戦終幕。笑うかも知れないが、明治開国以降、西洋人と身心理解し得た世界国家に成り得たか?いや人種差別の意思も根強くて、嘘と、裏切りと無視の、アジアの一国でしか無かった。最も壁を感じたのは、嘘と裏切りの日常の国と人民との共生だが、日本国民が全てを失った時に、この部分に光を照らしてくれたのが、「マッカーサーの武士道的な判断と扱いと人間姿勢」これに触れて日本人は 再び、この地球、この世界の一員になれる希望を持てて、世界で日本はどう生き抜くか?目標まで昇華せたと言って良い。こんなロマン的で漫画的な心、考えられないと思うでしょう。負けと廃墟、廃れた心、ここに力を生まなければ、筋力は付かない。負けて全てを失って、立ち上が力のエキス。眩しく見えたマッカーサーがそこに居た。改めて言う、現代のアメリカ信頼はマッカーサーへの信頼である。故に、アメリカ国民がマッカーサー魂をアメリカ国民が、冒涜した時、それは日本人がアメリカ国と国民に決別する時となる。

未だ、マッカーサー、GHQの功罪を言う人が多く居る事は解かっている。けれど、冷静に考えて見て欲しい。この日本は歴史上、他国に統治された事が無い国、あの蒙古軍が来てもだ。加えて、マッカーサー登場までに多くの外国人が訪れて足跡を残して、素顔の日本の素顔を持ち帰っても居た。言いたい事は、全てが日本流の余裕あるおもてなしの待遇を持ち帰っただけだ。マッカーサーの日本上陸は、敗戦後の日本半統治の改革の託し、と言える。当時言われた事は「日本男児は去勢されて日本国は、日本国民統治から外される、が敗戦の結果想像だった。歴史事実も、西洋各国は、アジア色で行った植民地支配は、正に労働奴隷の処遇しか与えなかった。この処遇は、負けた、とは言え、日本の評価がアメリカには文明国家として認められていた事になる。一番の大事は、日本国の物無し窮地時に、他国から恩恵を受けた「日本にとって、初めての国とその人物だった事」戦争と言うのは人命と経済の奪い合い、魂の威信でぶつかり合って、後には、恨み辛みを残すのが一般的だ。こうした結果想像を誰が覆して、GHQ統治は嘗てのアジア植民地とは異なりを見せて、日本再興が実行された。いろいろとGHQの処遇に文句を言う人も居るが、当時のひもじさからは、先ずは日本人らしく感謝だろう。感謝を要求しない、マッカーサーはアメリカと言う国を日本人の「侍」と同じ品格の良い義の国に見せて信頼と言う絆でつなげた。この「品と義」は日本人を一気に信用へ昇華させたこと言うまでもない。日本が明治開国以来、初めて国家援助を受けて、恩義を感じて、信用した国がアメリカで有り、マッカーサーの演出で有ったと解すれば、日本はこの時「初めて世界を知った事」になる。少なくとも日本人に再び世界で生き抜く為のメソッドを与えられた機会には成った。負け犬のの卑屈な日本人に成らずに済んだ、アメリカ人格と価値感で日本人に「アメリカとは付き合える」と交流を開いた。日本と日本人には、創めての国と国、国民同士、胸襟を外せた切っ掛けに成った。だから米国を目標にした、ので有る。ここは語られる事の無い部分だが、戦争に負けた事、日本人には、これも初めて。負けて「次の日からさあ復興だ」には成らない訳で、再び世界に出て行くには、自身を全て無くした状態の引き籠り根性に冒された国民が短期間で、世界に出る気力を持てたのも、マッカーサーとGHQのお陰と言って良い。ここに至るまで、アメリカ本国の意向にまま逆らいつつ、日本には多少の不平等を押し付けて、バランスを取りながらすり抜けたGHQの統治機関。飢えから救われた日本人も感謝だが、負け犬の卑屈な根性を持たずに済んだ事にも十分な感謝が必要。奇跡の復興の言われる日本だけれど、日本の心を置き忘れる事無く、復興に立ち迎えれた事の方が何よりも復興の力だった。そう考える。世界不信も抱かずに世界へ恩返し、このような心で生き残れた奇跡、事敗戦で終わった国は、先ず「心が廃れるもの。日本の心を以て「また世界で、生きて行ける」気概を立ててくれたGHQとマッカーサーに結果論で評価し今、感謝を思う訳です。もし、今の日本に自負が持てて「見て欲しいと言う人物が誰か?」マッカーサーその人。記録写真を見る限り「笑顔が殆ど無い」この人を笑顔にしてみたいもう、叶う事はないけれど。
後の後書き。
日本とアメリカの親しみは、国と国の上部の絆から、国民同士、と言う下部の絆まで生来的なまでの深さを感じ、その理由の一説を述べた訳だが、それにしても日本人が「世界」を考える時に、あの戦争の後も続く崩れない毅然とした絆、は人と人の結びつきで言う「運命の人」の様に神秘な出会いに近い。何故アメリカなのか?もっと歴史の深い国も有るのに?歴史の浅いアメリカなのか?建国意図が、中級人民の理想を持つから、という魅力が礎に有るのも確か。刃を交えても崩れなか
った礎。戦いに負けて従属の分相応?違う。日本人と言う性格は、心に一途だ。許さないと言ったら、それは絶対になる。明治開国から、ずっと続く信頼、互いの国民を沢山犠牲にして来ても、考え方に、嘘、騙しの無かった真の芯を見て居たからだろう。人間も国も非完璧で非完璧の悲劇事態も起こるだろう。戦後直後に感情に走らない礎の絆を回観で見せた昭和天皇とマッカーサー元帥の交わりが今の令和にも続く。この観点を定位置とする場合、日本国内でアメリカ嫌い、嫌悪を言う人間は、逆説の推論では、米国と深い絆を持つ皇国日本が「嫌い」で破壊したい分子の野心が見えてしまうのである。つまり、反日輩は、天皇制破壊の活動が目的を持つ、と言う事だ。更の逆説、推測では、「運命的に繋がった日米の繋がりが、反日離間の彼等の関係上には有り得なくて、羨み半分妬み半分の(嫉妬)が行動させる」だ。成れの果て、彼等の最後は孤独の哀れしか待っていない、良き事した独裁も悪しき事ばかりの独裁も、これに平等を与えたのが歴史だ。

               

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