大好きなギタリストが旅立たれました。

僕が17歳くらいかな?日本のフュージョンムーブメントのど真ん中にいたPRISMもちろんメディアはアナログレコードの時代でした。

それから数年経って僕が六本木ピットインで

働く事になり実物を見た時の感動は昨日の事のようです

そしてさらにその時から20年を過ぎて僕が生まれ故郷の福知山で始めたライブハウスもどきの

FARMに東京時代の大親友 寺田さんと妹尾さんが「セノテラ」というユニットで来る事になったんですがその時ギターで同行してきたのが和田アキラさんでした。そこで寺田さんから「お前がベースを弾くんだよ!」と言われ福知山と名古屋の二ヶ所で弾かせてもらったんです ほんと夢をみているような出来事でした。

福知山から名古屋へ向かう道中で食事をしながら

アキラさんに「PRISMで来てくれるって無理ですよね?」とアキラさんに訊いたら「行くよ」って事になりその年の晩秋かな?実現したんですよ

ドラムは木村万作さんベースは渡辺健さんでした

当時の福知山にはビジネスホテルも少なくて困ってたら木村万作さんが「塩見さんちでいいよ」

という気さくな神対応!そこでメンバーは僕の家に宿泊という今でこそ笑えますがねえ…

アキラさんが風呂を空だきにして煙が出た事を思い出します当時のPRISMは関西では神戸のチキンジョージさんくらいでしかやってなかったので予約は即完売でしたがFARMはライブハウスとは名ばかりで音響も照明も無いただの部屋!リハーサル中にブレーカーが落ちた時は嫌な汗が出ました

なので演奏の記憶は全くありません 泣

それから10年くらい僕は辛い辛い毎日を送る事に

… プロのミュージシャンが来て初めて分かる事

つか知った事 それは単純に分からなければ訊け

という事でしたねえ もう一つは機材 これも上を見ればキリがないわけで財力の無い僕に高価な物は買えませんでしたが「今ある機材で出来る限りの事をやればいいんだよ」というアキラさんの

言葉が救いでした それからは毎年のようにFARMでのライブを行ってもらい僕はPRISMが次に来る時に「モニター買ったの?良くなってるね」というひと言を励みに23年も過ぎちゃいました

それからミュージシャンの横の繋がりが渡辺香津美さんまで来る事に…

その頃アキラは大病を患ったんですよ確か東京女子医大病院だったかなあ お見舞いに行ったんですね でもその後、見事に復活されてFARMにも来てくれました。しばらくご無沙汰してましたが

毎年来てくれている木村万作さんからアキラさんの近況は それとなく伺ってたのですが…

とうとう…

ほんと悲しいです寂しいです泣けてきます…

大好きなギタリストでした

心より御冥福をお祈りします

アキラさんありがとう どうぞ安らかに…