実は昨日、ばあちゃんが亡くなりました。
一度はこの前コメントや手紙を頂いた方への報告のため
記事を書いていたのですが、読んでくれた人に不快なく
伝える言葉が見つからず・・・
途中で書くことを断念しました。
ですがばあちゃんの最期は安らかだったことを知り
今またこうしてお話させていただきます。
正直、早かったですね・・・
医者の話しではこのままだと半年
延命治療を受けて1~1年半だと聞かされていました
心残りはあります
ばあちゃんの『温泉に行きたいなぁ』と言う言葉を
叶えてあげられなかったこと。
この前の帰り際、『ときお、また来てなぁ』と言う言葉に
僕は声で返事を出来ませんでした。
ただばあちゃんの顔を見て笑顔でうなずいただけでした。
この時、正直『うん』と言う言葉が出せませんでした。
この瞬間のことは今でもはっきり覚えてます。
これが最後になるかも知れないと・・・
体が不思議な感覚に包まれ、『うん、また来るね』と言う
言葉が出せなかったことを・・・
この時の感覚もそうだったのですが
今回のことで不思議な話が後二つ
最初このことを伝えられなかったのは
癌告知を受けて、ばあちゃんは死への恐怖を怖がっていて
抗癌剤治療を拒絶したまま亡くなったからだと
僕は思っていたからです。
ですが違ったみたいです。
あれだけ泣いて嫌がっていた抗癌剤治療を受ける
そう言いだしたらしいです。
それは、『私が受けることで残された子供たちが
もしもの場合、今の抗癌剤が利くかどうかがわかるとよね?』
だったら私が受けてみるとのことでした。
そしてばあちゃんの最期の最後の願いは叶ったのです。
ばあちゃんは以前から、自分の地元でもあり
そしてじいちゃんの亡くなった病院へ移りたい移りたいと
言っていました。
ですが、そこではちゃんとした治療は受けることが出来ないため
無理な話でした。
それが今回、急遽その治療をその病院で
受けれることになったのです。
そこでばあちゃんの願いは叶い
じいちゃんの亡くなった病院に移ることが出来ました。
聞いた話では、ばあちゃんはとても嬉しそうだったと
さぞかし安堵したことでしょう
そしてじいちゃんの亡くなった病院へ移されたその日
ばあちゃんは息をひきとりました・・・。
ばあちゃんの最期は治療へも前向きで
とても安らかだったと
じいちゃんが迎えに来てくれたのかもしれませんねヾ( ´ー`)
不思議なものですね・・・
もう一つ不思議な事がこの日、起きていました
この日、僕の部屋の時計が止まっていたんです
もちろん後からわかったことなんですが
この止まった時計の針を差す時間に
ばあちゃんが息をひきとっていました
虫の知らせとは言いますが・・・
実に不思議な出来事です。
きっと、ばあちゃんが知らせに来てたのかもしれませんね。
ばあちゃん、長い間お疲れ様でした
そして、ありがとう。
あなたの孫より