流行語大賞の候補が出そろいましたが、忖度とインスタ映えが頭一つ抜けてますねぇ。
試合は、立ち技が強いと聞いていたので、ならば立ち技で勝負してみたいと思って果敢に挑戦するも、“組まれた!”と思った瞬間に背負い投げで思いっきり吹っ飛ばされたけど、何とか反転して背中を付けずにタックルで凌ぐががぶられて削られる。
俺は間違い無く
「ハゲーーーーーーッッッッッ!!!!!」
でハゲフィーバー到来、平成30年はハゲの年となると見ていて、ここ数年で一気に上がった額も時代の象徴となるのでは?と目論んでいましたが、まさかの候補漏れ。
ちーがーうーだーろー!!
ってね、そんな今日この頃です。
最初はレフェリーをお願いされてたからレフェリーだけしようと思っていたのですが、エントリーリストを見てみると、黒帯のミディアムヘビーの試合が対戦者不在で成立していなかったので、大会を盛り上げる為にも黒帯の試合が多い方が面白いかなと思い、急遽出て来ました。
その後、引き込むも形が悪かったからそこから両足担ぎ→噛み付き→両足担ぎと波状攻撃で削られるけど、何とか凌いで、途中でタックルに捉えて、バックまで行ってテイクダウンの2点を先制。
その後、練習不足と前半の攻防で疲れ切っていた私は、絶対安全なサイドバックでコントロールし続けて試合終了。
何とか薄氷の勝利を掴む事が出来たのでした。
それと、レフェリーは、試合の五試合前ぐらいまではキッズのレフェリー、試合の二試合後から柔術とNO-GIのレフェリーを大会の最後までやって来ました。
僕が始めた頃の2004年ぐらいは今みたいにちゃんとした柵とか道着の細かいルールとかは無くて、ブラジル人達が体育館とかでやってる手作りの大会ばかりでした。
到着してみたらブラジルの音楽が大音量で掛かってて、上半身裸のブラジル人達がアサイー食いながら踊ってたり、そんな大会ばっかだったなぁ。
今のように洗練されてはないけど、あの頃の柔術が好きだったな。
その頃の空気を残した大会が大阪オープンなのでした。
何はともあれ、優勝出来て実は相当嬉しいぞ!!
黒帯でテッペン取ったるぞー!!!






