この宿を愛して止まない方もいることでしょう。その方には嫌な内容です。
内容を快く思わない方もいるでしょう。
メディアの大袈裟な表現がそうさせたのか、はたまた天狗になってしまったのか。
感じ方が色々あるとは思いますが、これが僕の体験した苫屋です。
宿選びの一つになれば幸いです。
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2016年9月5日(月)
この日を僕は忘れない。
この日は、とある役員ミステリー旅行の初日。
そう、行き先は幹事しか知らない。
東京からは東北北海道新幹線はやぶさのグランクラスに乗り込み、順調な旅が始まった。
仙台からローカル線に乗り、その雰囲気に浸り、少し前に発生した台風の被害が残る久慈駅に到着。
まだ爪痕の残る駅前で、お見舞い申し上げ、お迎えに来たタクシーに乗り込んだ。
タクシーのドライバーさんはとても感じが良く話し上手。
きっと幹事の事だ、皆に失礼の無いよう指名した違い無い。
気持ち良く旅行出来るようにと配慮してくれる幹事に感謝しながらタクシーは動き始めた。
ひとつ気になったのは、ドライバーさんは行き先については確認しない。
ミステリーは何度か経験しているがだいたい、ドライバーさんの確認でバレるのだが徹底している。
田舎道を長いこと進むと見たことがあるような茅葺屋根が。
ここで初めて分かった。
これってミステリーだけでなく、サプライズだ!
そこは3年前にテレビで見て、一度伺いたいとメモに残しておいた宿であった。
その時に行きたいと思ったのは、テレビで伝えていた“予約は手紙のみ。その手紙を見て感じ取り、メニューを決めたり接客が始まる”というフレーズでした。
だから、目の前にその宿がある現実に心躍らない訳がない。
幹事も“どうだ!”と言わんばかりの満足気な表情。
タクシーから飛び出すように降りて玄関に向かう。
・・・しかし出迎えはなくドアには鍵がかかり、応答もない。
何処かに行っているのかなぁ?
田舎だし、きっちりはしていないのだろう。
これも味かな。
まぁ、待とう。
・・・30分経過。
まだ暑い残暑の中外で待たせてしまっているという状況に
「往復ハガキで到着時間も送って返信も来たのに。」
っと、幹事は焦り始めます。
『まぁ〜田舎だし、そのうち来るよ。』
励ますというより、楽しみが先行して苦にならなかった状況でした。
1時間経過。状況は変わらず。
そろそろ、この暑さと熱気でだれてきた。
少しの日陰ができた玄関にしゃがみ込み、家主を待つ。
それから15分ほど経った頃だろうか、車が僕たちの前に到着する。
来たか!
と思ったのも束の間、車の主はこの宿の知人らしい。
「ご夫婦は下の道の駅に居たからあと15分ぐらいで来るのではないか?」
っという言葉だけだった。
それから15分程経った頃だろうか、暑さで力も奪われボーッとする中、知人らしき車の主が「来たよ」というのが聞こえた気がする。
でも、なかなか玄関は開かないし、姿も見えない。
辺りを見渡すと、家主と思われる髭の男と車の主が談話をしている。
先に玄関に着たのは女将の方だった。
「すみませんね〜、今開けますから。」
顔も見ず、挨拶もそっちのけで鍵を開けると、家の中に消えていった。
しばらく待つと、
「どうぞ。え〜っと何名ですっけ...じゃあ、あっちの部屋どうぞ。」
言われるまま薄暗いに部屋に入る。
この間、待たせてごめんねという気持ちが伝わるものは何も無い。
せいぜい、鍵を開けながらの“すみまねんね〜”だけだ。
その状況に僕達の期待は一気に“ZE〜RO〜♪”になっていた。
幹事が
『女将に話してくる!』
と怒って出ていった。
窓からは、家主がまだ車の主と談話しているのが見える。
この人達に、人を待たせたという気持ちがあるのか?
これからもてなそうとする人への態度がこれなのか?
そんなことを思っていると、やっと家主がやって来た。
っというよりも、部屋の前にある下駄箱に靴を入れる次いでだ。
よく言えば温和な表情で、でも“この場”という状況で言えば、ヘラヘラと
「いらっしゃ〜い」
と言ってきた。一時間半炎天下で待たせるという状況は彼らには田舎なら当然ということなのか?と思いながら僕は主人を見つめたというより、目を覗き込んだ。
家主の目は一度僕の眼球を避け挙動不審に動き、再度、
「いらっしゃ〜い」
と言ってきた。もう一度動きに注意して目を見た。目はこちらを見ているが
眼球の動きが、僕をぼやかしているのが分かる。僕を見ているようで見ないように
「いらっしゃ〜い」
と言う。
この人、謝れない人なんだ、プライドが高くて嫌な事から逃げる、それでも冷静さを装う技、見ているようで見ないという技を持っているんだと分かった。
それがわかったので、ぼくは
『ど〜も〜。』
と返した。家主はご満悦そうに、それ以上何か言葉を交わすわけでもなく去って行った。
メディアで見た時はなんだかんだと良いこと言ってたけど、自分の防備ばかりで相手が分かっていないではないか。
その瞬間、この宿への胸躍る思いは一転し憤りに変わった。
部屋から見える居間では幹事が俯いているのが見えた。
様子を見に居間に行くと、幹事は涙を浮かべて話していた。
幹事『何度も手紙でやり取りしたじゃないですか!返事もくれたじゃないですか。』
女将「だから謝ったじゃないですか。こっちも台風の影響を受けた友達訪ねたり忙しかったんですから。」
幹事『そんなこといってるんじゃないです。来る時間分かっていて、電話無いからそれ伝えられないなら張り紙残して置くとかできるんじゃないですか?それにずっと待たせたのに、横切り様に“すみまねんね”が謝ったとか、ひどいですよ。』
女将「だからお茶入れますって言ったんですよ」
なんだなんだ、話し噛み合ってないぞ?
すると、主人がチャチャを入れてきた。
主人「到着時間なんて聞いてないこと言われてもねぇ。」
幹事『往復ハガキで伝えて返事も頂いています!』
主人「予約の以外は捨てちゃうから分からない。」
えぇ〜‼︎
この主人の発言に思わず僕も参入してしまった。
ガル『電話も無い、ハガキも捨てる。どうやって意思を通わすんですか?』
主人「次から次へハガキが来るからねぇ。捨てないと溜まっちゃうんで。」
ガル『来てもいないお客様の意向も捨てちゃってたらおもてなしなんてできないじゃないですか?』
さすがに女将はヤバイと思ったのか、主人の口を塞ごうとしている。
でも、もう許さないよ!
ガル『僕たち、人に会いに来ているんです。色々な場所の人の優しさに振れにきているんです。これがあなた達の心からのおもてなしの行為なんですか?さっきから、うちの幹事は正座して話しているのに、あなたはずっとウロウロ歩き回りながら顔も見ないで話して、お客が来ているのに外で知人と談笑して挨拶もしないでいる、これがあなた達の言うおもてなしなんですか?』
主人「お客様にも順位があるんですよ。それに他にもお客様居るから準備もしないといけないんですよ。」
また女将が口を塞ごうとしている。
ガル『お客様に順位がある。ハガキならまだしろ、往復ハガキで予約しろだとか、宿主には出費なしで痛くないし都合良くまわせるよね。だからハガキの内容も大切に読めない、お客様に順位を着けられるのでは?』
主人「いいですよ、縁が無かったって事でお帰り頂いてもいいですよ。」
ほお〜、ケータイ圏外、この宿には電話が無いバスも無い状況でよくその言葉を宿主が言えたなぁ。っと思いながらも、僕達の希望でもあってので
『はい、では帰ります。獣とは過ごしたく無いですから。』
っと告げた。
幹事には酷な決断だとは分かっていた。
幹事はうな垂れ涙を流していた。
幹事の背中をさすりながら、宿主と女将に言った。
『この涙、きっと分からないでしょう。それでもハガキの予約からは感じるんですか・・・?』
女将は状況をのみ込んだのか、「どうしたらいいんですか?」「私たちも精一杯やってるつもりなんです」と言ってきたが、後の祭り。
主人のいう他にも居るというお客様は1人。
その方が部屋から出てきて
「私に出来る事があまり無くて・・・バスの時刻は調べてきたんですが役に立ちますか?」
っと何かしようと出てきてくれたのだ。
ありがたく見させて頂くとやはりバス停まではそうとうある。
っと眺めていると、隣で女将も覗いている。・・・バスの時刻表ぐらい宿で持っていろよ。
なんてツッコミ入れたかったけど、
『この優しさが、人の優しさで、出会い。ホッとするものだと思いますよ。』
っというツッコミにした。
宿を出て歩き始めると、女将が「送りますよ〜」っと叫んできた。
でも、これまでの幹事の努力やそれを踏みにじる行為や発言に憤りしかなく、断った。
これが僕の苫屋での滞在記録。
その後どうしかた。
苫屋の下のお宅で電話をお借りし、タクシーを呼び、宿探し。
ん?っと思われる方もいるかもしれない。
そう、苫屋には電話が無いのでハガキでやり取りだ。テレビで見たとき、このフレーズに騙され電話線も行き届かないような田舎と思っていたが、電話は引ける環境にあるのだ。
ただただ不便にする演出だったのだ。
結局その日は、電車で八戸まで行き、健康センターに泊まった。
こんなに健康センターが居心地良く感じるとは、経験は大事だ。
でも、この記事で誤解はして欲しくない事がひとつ。
苫屋は酷かったが、苫屋のある野田村や久慈の方々は暖かい。
現に、お電話をお借りした野田村のお宅は快く電話を貸してくださった。
また、幹事が問い合わせた野田村の観光組合は苫屋を推していたそうだが、
翌日に状況を伝えたところ、一緒になって悲しんで涙声になりながら謝っていた。
それから本来なら苫屋に泊まった翌日は名物のウニ弁当を食べる予定だったが八戸まで行ってしまったのでキャンセルしたが、酷い目にあったなんて・・・とわざわざ改めて電話をくださり、ウニ弁当を届けるとまで言ってくださった。
さすがにそんな事までして頂くのは申し訳なくお気持ちだけ頂いたぐらいだった。
タクシーのドライバーさんも、宿探しに協力的で会社あげて探してくださった。
こんな素敵な方々のいる久慈、そして野田村、なぜ苫屋だけ変なんだろう?
地元の会う方々ほとんどは苫屋を知らなかった。
知っている方も、他所から来た変わり者と言っていらした。
ドライバーさんに関しては、地元の人はあまり知らないと思う。遠くから来る信者はいるみたいだが、よく分からない。こんな田舎でやるのだからワケありか、きっと弾かれてたどりついたのではないだろうか?と言っていた。
そうか、苫屋は地元の人という訳でも無かったのか。
地元の人でなくても問題はないと思う。だが問題は、元々そこに住む方々、愛している方々の品格を上げるなら良いが下げてはいけないと思う。
今は、苫屋が野田村や久慈の優しさを食い荒らす本物の獣にならないことを願うばかりである。
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