終焉[シュウエン] | 五階から胃薬

終焉[シュウエン]


ノストラダムスの名前が語られなくなって久しい。




1999年、大変なことが起きる。

私は小学生の時分から、ノストラダムスに関する本を読み漁っていた。
そして、1999年を心待ちにしていた。


毎回世紀末になると終末思想というか、そういうのが蔓延するのだそうで、とにかくこの現代社会で何かしらの混乱が起こるのではないかと楽しみにしていた。


だが、少なくとも私の住む東京では、目立った混乱は起きなかった。


1998年12月31日午後11時59分。


かのノストラダムスが、そして何人もの偉大な予言者が警告してきた1999年を迎えるにもかかわらず、街は沸いていた。

カウントダウンが始まる。
陳腐な言い方をすれば、それは終末へのカウントダウンである。
誰しもが新年を迎えた瞬間に、嘆き悲しむはずだった。


だが新年1999年を迎えると、街中に歓喜の声が響き渡った。


これは悲しみの果てにある落胆を、何とか希釈しようという現象なのだろうか。
世紀末が喜ばしいはずがない。
なぜならノストラダムスという人類史上最強の予言者が放った人類史上最大の終末論が、現実のものになるからだ。
それなのに、皆口々に「おめでとう」「おめでとう」と笑顔を振りまいている。


私は忘れない。


この嘘に彩られた笑顔の洪水、誰もが終末を恐れ、そしてその恐怖から逃れようと必死になっている。
騒々しいこの街は大きな生き物となって右へ左へ蠢いている。
狂喜乱舞する若者達を見て私は、階段を転げ落ちる乳母車の映像を思い出していた。
あのシーンと大して変わらないように見えた。


いよいよ終焉が訪れる。

それなのになぜ私はこうも、胸を弾ませているのだろうか。

ちょうど二十歳だった私は、別段世を儚んでいたわけでもないし、人生に失望していたわけでもないはずだ。

ただ少しばかり、退屈していただけだ。


時の流れは速い。

程なくして2000年が訪れた。


1999年の終わり、また一年前と変わらぬカウントダウンが始まり、新年を迎えた瞬間に、人々は大声で「おめでとう」を合唱した。
杞憂だった、そう叫んでいるようにも見えた。


退屈な毎日は退屈な毎日のまま、何も変わらずまた続いていくことになった。


ノストラダムスの大予言という、あまりにも力のある予言があったからこそ、それまで頑張ってこれたのに。

終焉を迎える、それをわかっているのなら何をしたって仕方がない、どうせ滅びるならば好きなことをして、自堕落に生きよう、そうすることも出来ただろう。
だが私はそうしなかった。
終焉を迎えるからこそ、一生懸命生きようと思った。
悔いのない二十年間にしようと思った。

結局破滅なんて訪れない、それがわかってしまっては私は何を励みに頑張っていけばいいのか。

頑張って生きて、一生懸命生きたところで、大した幸せを掴めるとも思えない。
満たされぬまま何十年も生き、満たされぬまま天寿を全うするというのはどうだろうか。
満たされなくとも、世界が滅亡するのならば仕方ないと言える。

全ての人類が避けて通れない現実であるからだ。


破滅がなければ、私は妥協を繰り返し、その上に自己嫌悪を積み重ね、ネガティブフィードバックの中でもがき苦しみ続けることになる。


神はいないな。


これを試練というならば、その先には何があるというのだ。
何もないに違いない。
それを試練というのだろうか。


世界は偶然の繰り返し。
小さな粒子の、小さな動き一つで周囲が動き、周囲が動けばその周囲が動き、それが繰り返される。
人の思考も脳によるモノであれば、その範疇にある。
世界は観念的なモノではない、単に空間と物質が広がっているだけだ。
人間は利口になりすぎた、必然という概念を持ってしまった、だが必然なんて人間が勝手に考えた事だ。
偶然の繰り返しである。
そして偶然の上に、人間の言う必然が起こっている、力学的法則に則って変化の連鎖が起こる。


神はいないな。


神はこの世を操ってはいない。


確率の上ではほぼ起こりえない事がある、だが確率の上ではゼロではない、現実世界に生きている人間からしてみれば、それは起こりにくいことではない、絶対に起こらないことなのだ。
だが実はゼロの確率ではない。
それが、起こってしまったとする。
あり得ない、神の仕業だ、という。
奇跡だという。
たまたま起きてしまっただけなのに。


1999年が過ぎ去ったと同時に私は、あたかも生きる目的を失ったかのような状態になった。


その後もノストラダムス研究の残党が、色々な解釈を世に送り出そうと試みていた。
だがどれもこれもつまらぬ。
苦し紛れ、と言う言葉がお似合いである。


そのうち訳のわからない予言者や予言が現れるようになってきた。

わけのわからない、と書いたが、まあノストラダムスだって同じようなモノなのであろうが。


人類はどうやら、どうあっても早急に終焉を迎えたい、結末を知りたいと思っているようである。


しかし未だに終焉は訪れない。



無限に続く日々、これは人類にとって終焉以上に惨いことなのかもしれない。







眠い時に文章を書くとこんな感じになる、といった実験でした。


眠い。