存在[ソンザイ] | 五階から胃薬

存在[ソンザイ]

驚くべきことが起こった。


先日、スーパーマーケットで失礼な物言いをされた私だが、本日もそんな扱いを受けてしまった。




妻の誕生日が近い。


何か珍しい物でもないかしらんと、一人でショッピングモールへ行ってみた。


コーヒーやワイン、紅茶やチーズなどを売っている輸入食品の店を発見した。


先日も述べた通り、我々夫婦はチーズ好きであるから、面白そうなチーズがあるかも知れぬと入ってみたのだ。


仕事帰りに寄ったので、時間も時間、既に客足も引きつつあって、店内には私だけであった。


それでも仕事熱心の店員が四人ほど、声出しを怠らずせかせかと動いていた。

感心なことである。


チーズコーナーに面白そうな物がなかったのだが、輸入食品が山とあるその店から、すぐに出るにはもったいない、そう思って暫し店内を歩いていた。


そうこうしておるうちに、店内に一組のカップルが入ってきた。


仕事熱心の女性店員が、そのカップルの男に声をかけた。


「いらっしゃいませ、美味しいコーヒーです。どうぞ。ごゆっくりご覧ください」


そう言って、コーヒーの入った小さなカップを二つ、カップルに手渡した。

白い湯気をくゆらせた小さな紙コップ。


再び女性店員は、忙しそうに「いらっしゃいませー」と言いながら動き出した。




店内、決して広いとはいえない。


私は何度か、その女性店員とすれ違っている。


私の両手はフリーである。


カップルは、二人とも片手に紙コップを持っている。





映画「ミステリーメン」をご存じであろうか。


黒人の少年には、超能力があった。


姿を消せるのである。

ただし、人に見られていない時しか姿を消せないのだ。


人が彼を見ている間は姿を消せない。

誰も彼を見ていない時は姿を消せるのだ。


なかなか深い話である。




私は別に超能力者ではないはずだが。


私は、女性店員に存在を確認されているにもかかわらず、半ば無視された形である。

もしや、先のミステリーメンに於ける黒人少年とは逆の能力を持っているというのか(逆である必要はないが)。


存在を確認されていたというのは私自身の認識に過ぎないというのか。


実は私は、人前で自身の存在を消せるのではないだろうか。



それを確認できないまま、そしてその能力を制御する術を知らないまま、突然姿を消したりしてしまうというのか。

いい気持ちはしないな。


実に不愉快である。




結局妻にプレゼントしようと思っていた「何かしら面白い物」は見つからなかった。


夫である私という存在をプレゼントしよう。




こんな男、どうですか。