人々[ヒトビト] | 五階から胃薬

人々[ヒトビト]

街を歩いていると、たまに声をかけられる。
私は見た目ぱっとしない方なので、特にらしい。



「三分間、あなたの幸せを祈らせてください」


大きなお世話である。

確かに私は現在、幸せのただ中にいるのかと言われれば、即答は出来ない。
だが他人にとやかく言われる問題ではない。
だからそっとしておいて欲しい。

なのに彼らはお構いなしに、祈らせてくれと言うのだ。


ある日、私は渋谷の街でそんな「祈らせて」男に出くわした。

これも経験である、私は彼にOKを出してみた。
どうぞ、祈ってくださいましと。

「目を閉じてください」と言う。
私は従った。
「心を空っぽにしてください」と言う。
出来ない、だがとりあえず「はい」とか言ってみる。
「それでは始めます」と言う。

私は恐る恐るではなく、堂々と目を開けた。
すると彼は、目を閉じて、私の額あたりに掌をかざしてブツブツ言っている。


渋谷の街。

雑音のごった返すこの街で、今私がそっと去ったとしても彼は気づかぬだろう。

私はそろりそろりとその場を去った。
彼は夢中になってブツブツ言っている。
私は遠くの物陰から、彼を見つめた。

彼は今、祈る対象を一個人から渋谷の街、いや、世界全体に換えたのだ。
一心不乱に、世界平和を祈っているのだ。
私のような、この世の中からすればちっぽけな人間の幸せを祈るよりも、そちらの方がよっぽど為になるというものだ。

私はとっても良いことをした。


大体彼の脳時計で三分を数えたのだろう、彼は目を開けた。
目の前には、誰もいなかった。
彼は慌てて周囲を見回すも、周囲は誰も彼に目もくれず、足も止めない。
彼はすぐにきょろきょろするのを辞めて、何もなかったかのように歩き出した。
その顔には、あからさまな怒りが浮かび上がっていた。


修行が足りないな。



「すみません、手相の勉強をしているんですけれども。ちょっと手相を見せていただきたいのですが」


勉強してるなら勉強してろ。


いや、彼らの真の目的は何だろうか。
目的があるはずだ。
そうでなくては、町中にあれほどいるはずがない。
何かの組織であろうか。


とりあえず、勉強していてください。
私はそれにおつきあいすることは出来ません。



「生きる事の何たるかを考えています」


ビラを私に見せながらそう言う男。
紙には芥川龍之介と太宰治がプリントされている。
ギャグか。

私は思わず彼に問うた。

「死を考える会の方ですか?」
「いえ、生きることを考えていますが」
「芥川と太宰でですか」
「ええ、生きることのすばらしさを」
「死を通してですか」
「いいえ、死は置いておいてください」
「芥川と太宰は反面教師ですか」
「いえ、反面ではありません。彼らの人生から学ぶことで、生きることのすばらしさを・・・・・・」
「さようなら」


君はどうしちゃったのだね。

さようなら、である。



「近くで絵の展覧会をやってるんです。絵には興味ありますか」


放っておいて欲しい。

私はゴッホ展があれば行く。自分で調べていく。
ラッセンとか興味ない。


「たまには絵画の鑑賞なんかもいいものですよ」

大きなお世話である。


彼らもまた、本当の目的は何なのだろうか。
やはり売りつけるのだろうか。
そして買う人はいるのだろうか。


ラッセンで思い出した。


「うちに凄い絵があるんですよ」
と言ってきた知人。
どんな絵ですか、と問うと、彼は記憶を辿るような仕草をした後
「ああ、確かラッセンとかいう画家の」
その時点で笑いそうになったが、堪えた。
「本物だって言ってましたよ」
誰が言っているのだ。
私はつい吹き出してしまったが、彼は不思議そうにしていた。



「私には未来が見えるのです」


藪から棒に、浮浪者風の男が声をかけてきた。

見えるなら見えるで良いじゃないか。

別に私を選んで自分の能力をアピールしなくてもよろしい。


「このままでは地球が危ないです」

ディスカバリーチャンネルとか見てろ。



「募金をお願いします」


目を輝かせた浮浪者風の男が声をかけてきた。

明らかに手作りの箱に、「ぼきんおねがいします」とひらがなで書いてある。

あまりの面白さに、無視することが出来なかった。


「何募金ですか」
「お願いします!」


・・・・・・
あまりに哀れだったので、財布の中にあるレシートを入れてあげた。


「ふざけるな!」
彼は叫んで駆けて行ってしまった。


修行が足りぬぞ。




「そこのあなた。気をつけて」


易者が声をかけてきた。


こういう場合、易者がものすごい能力者で、どうしてもその人の身に降りかかるであろう災厄を警告したく、呼び止めるといった場面を思い浮かべる。
私が主人公である。


「僕ですか?」
「そうです、ちょっと」
と彼は手招きをする。
「何か?」
「はい、気をつけてください。あなたの後ろに悪い霊がついて回っています」
「そうなんですか」
「はい、非常に危険です」
「何かアドバイス、ありますか」
「ええ、まあとにかく座ってください」
「あの、お金とかかかりますか」
「ええ、四千円です」
「結構です」


金取るのか。

見てもらいたければこっちから出向きますから。