疑問[ギモン] | 五階から胃薬

疑問[ギモン]

生きていると様々な疑問に出くわす。


この情報化社会、疑問を抱き、家に辿り着くまでに、何について疑問を抱いたのかを忘れなければ、大抵の場合その疑問を解消することが出来る。
インターネットというのは本当に素晴らしい。

しかし私は、大抵何について疑問を抱いたのかを忘れてしまうので、再び同じ疑問を抱き、嗚呼調べておけば良かったと思うことが多い。

そしてまた忘れてしまうのである。



携帯電話というものの進化のスピードはとてつもない。

私が初めてそれを手にしたのは大学に入った頃で、そのちょっと前まではポケベルが普及していた。
「じぇいりーぐぽけべる」とか、なんだかわからないものがあったのを記憶している。

さておき、初めて私が手にした携帯電話は、当然カラー液晶にあらず、また液晶画面もとても小さく、かろうじて番号表示と、登録した名前が表示されるくらいだった。


気づけば液晶はカラーになって、カメラもつき、軽くなっていった。
十年足らずで相当な進歩を遂げたものである。


ところで、そのカメラである。

インスタントカメラは安価であって、何かイベントがあれば、それに向けて購入したものだ。

デジタルカメラが登場した、インスタントカメラに比べて劇的に高価であるが、撮った画像をその場で見られるという利点があって、なんとなく購入した。


携帯電話にカメラがついた。
携帯電話が手頃な価格で普及するや否や、社会はあたかも携帯電話を必要不可欠なものであるかのように扱った。

大学に於いて、携帯電話を持たぬ私に周囲は「どうして携帯を持っていないんだ」と差別的な目で見られたものだ。
とはいえ私はさほど持たぬ事に信条を持っていたわけでもないので、白い目で見られるのも面倒だったのですぐに購入した。

普及しだした頃に、これである、携帯に標準でカメラがつき始めた頃には、携帯電話は完全に必須アイテム化していた。
誰もが一台は携帯電話を持っているのである。

インスタントカメラも、デジタルカメラも必要なくなった。
携帯電話で、全て事足りるようになった。
なんということだ。


で、本題である。


「芸能人が歩いてたから撮ったよ、写メ送るね」
そんなメールが届いた。
なるほど、インスタントカメラやデジタルカメラでプライベートの芸能人を撮れば明らかに「隠し撮り」の類だが、携帯を構えて撮ればあまり罪の意識も芽生えないだろう。

便利な世の中である。


「可愛い猫がいたから写メするね」
そんなメールが届いた。
なるほど、常日頃からカメラを持っていなくても、携帯電話を持っていればこんな些細なシーンでさえ、切り取ることが出来るのだ。

便利な世の中である。


友人と散歩をしていた。
面白い看板を見つけた。
友人が
「写メ写メ」
と言って携帯を構えた。

なるほど、便利な世の中だ。

・・・・・・いや、ちょっと待てよと。

私は疑問に思った。

「写メ」とは一体何のことだろうか?
元々「写メール」という言葉ではなかっただろうか?
友人が面白い看板を撮影したとき、彼は「写メ写メ」と言っていた。
誰かにその画像を添付して送るのだろうか?
それならばいいのだが、撮る行為それ自体には「カメラカメラ」だとか「写真写真」と言うのが正しくはなかろうか?

そう考えて日常生活を送っていると、「写メ」という言葉が如何にメールと関係なく使われているかがよくわかる。

「写メ撮っておいてよ」
などと言われると私は頭を抱えてしまう。
写メを撮る?
写真を撮ってメールしてよ、ということであろうから、「撮って写メして」が正しいだろう。


しかし、こんな事を考えていると、屁理屈だと言われてしまう。
果たして私の考えていることは間違っているのだろうか、屁理屈なのだろうか?

それも疑問だ。



郷に入っては郷に従え、という言葉がある。
または、郷に入りては郷に従え、と言う。

はずである。


しかし世の中、あまりにも「ごうにはいってはごうにしたがえ、っていうでしょう」などと言う人間がある。


私はとにかく、自分に自信がない。

こうだ、と思ったことでも、すぐに外力に影響されて揺らいでしまうのだ。


従って、私の知識は実はとても貧弱なのではないだろうかと考えてしまう節がある。

この「ごうにいっては」というのも、どこかで私が間違えていて、実は「ごうにはいっては」と読むのではないかと思ってしまう。

そう言う人たちは、見るからに自信家であるから、あまりにも堂々としたその口ぶりに、私は訂正することが出来ない。
そういった事が続くと、私の考えは悉く揺らいでしまって、私が間違っているように思えるのだ。

いや、本当に間違っているのかも知れない。



「志半ばで・・・・・・」
「こころざしなかばで」と読む。読むに違いない。


ある友人があった。
私はずっと、彼を尊敬していた。
彼はとても言葉をよく知っていて、歩く辞書のような人間であった。
彼から様々な書物を借り、彼から面白い話を聞き、とにかく私は、彼に様々なことを教わった。
そんな彼が、ある時言ったのである。
「あいつもこころざしはんばでってかんじだよね」



「こころざしはんば」

私は耳を疑った。

何だろう、「はんば」って。

あまりの衝撃に、珍しく家に帰り着くまで疑問を抱いたことを忘れなかった私は、すぐに辞書を引っ張り出して調べてみた。


「飯場:鉱山・土木・建築工事などの現場近くに設けられた、労働者の宿泊所」


「あいつも志飯場でって感じだよね」
とすると、「あいつ」の志が、労働者の宿泊所でって感じだよね」となる。


「あいつ」は、大志を抱いていた。
「あいつ」は伊豆とか軽井沢で、ペンションをやりたかったのだ。
ペンションで、自慢の料理の腕をふるいたかったのだ。
お洒落な内装で、お洒落なお客様を迎えたかったのだ。
だから「あいつ」は苦労した。
八方手を尽くした。
だが、ついに「あいつ」は諦めてしまった。
そして行き着いた先が「飯場」だったのだ・・・・・・。


これが、「志飯場で挫折した」という事の意味である。


疑問は解消されました。

私の尊敬している友人は、別に間違ったことを言っていなかったのだ。
大丈夫だよ、まだ尊敬しているよ。



性欲、というものは果たして、人間の三大欲求に数えられても良いものだろうか?
疑問である。


私という人間を基準に考えてみる。


食欲、これは絶対に生きることと切り離せないから、重大な欲求の一つであることは間違いないだろう。
睡眠欲、我慢は出来るが、続かない。絶対にどこかで眠ってしまう。クリーンな生活をしている私は、睡眠から逃れることなど絶対に出来ない。


そして性欲。

我慢できる、そして我慢以前に、相手がなければ仕方ない、どうすることも出来ない。
自慰行為だって我慢が出来る、疲れていれば二の次三の次、そして結局何もしないでいられる。

性欲が食欲と睡眠欲に並ぶとするならば、世の中はもっと楽しいものになっているに違いない。
男性も女性も平等に、三大欲求の一つである性欲を解消しようと、もっと必死になるはずだ。
もしくは、そこかしこで痛々しい事件が起きているに違いない。


だが、そんなことはない。

皆、性欲を理性で抑えることが出来るのだ。
そんなの重大な欲求ではないのではないか。



とっても真面目な女性があった。

私よりも二つ年上の、聡明な感じの女性である。
とても魅力的で、頭が良く、落ち着いていた。
美人であるとはいえなかったが、かわいらしく、快活な正確で男性にはもてていた。

彼女と私は、同じ寮に住んでいて、毎日のように顔を合わせていた。
そう、毎日のように。

彼女は外泊をすることなく、夜出歩くこともなかった。


彼女が大学に進学し、私はあと二年、彼女のいない生活をするのだと思っておったが、彼女はその寮にスタッフとして働く為に、残った。
私はとても嬉しかった。

そのうち私には恋心が芽生えた。
だが私には彼女がどうしても遠い存在に思えて、思いを伝えることなど出来なかった。

彼女はその思いを知ってか知らずか、他のどの男よりも私と話す時間を多く取ってくれた。

休日には、彼女は私を花見や散歩に誘い出し、色々な話をしたものである。


結局私は思いを伝えられぬまま、寮を去った。

一ヶ月後、私は、ある時彼女をデートに誘おうと決意した。
彼女は快諾してくれた。

しかし、遅かったのだ。

その一ヶ月の間に、彼女には彼氏が出来たのだ。
それをその場で聞かされて、愕然とした。

その日に何とか思いを伝えようと思っていたのに。


まあそれも世の常。
思い通りになど行くことはまずない。
何より、私が彼女に思いを伝えてうまくいくという確証もなかったわけである。

とりあえず、その場は一ヶ月ぶりの彼女との会話を楽しむべきだ。


彼女は突然泣き出した。

どうしたんですか、私は彼女に問う。


彼女は、付き合って一ヶ月の彼氏がいるにもかかわらず、他の男から告白を受けたのだそうだ。
そして当然断ったのだそうだが、あまりにもしつこかったので、根負けして、セックスをしてしまったのだと、泣いている。


私は幼かったので、こんな女性でもそういった真似をするのだと驚いた。
まあそんなもんなんだろうと思うことにした。

そして、やはり男女とも、性欲というものはそれなりの欲求なのだろうかと思うに至った。

我慢できなくもないが、機会があれば、というものなのかもしれないと。


私の欲求は抑えられないものなのだろうか?

今目の前にいる彼女には、付き合って一ヶ月の男性がいる。

そして私は、その現実を受け止めて、諦めたばかりだ。

そう、性欲を抑えられたといっても良い。

性欲は抑えられるのだ。

現に目の前にいる魅力的な彼女を、諦めたではないか。

彼女をデートに誘って、待ち合わせ場所に行くまで、ずっと彼女と結ばれることを夢見て歩いていたのに。


いや、性欲が、我慢できなくもないが、機会があれば、というものであるならば、機会とは今なのではないか。

彼女には一度、その経験があるというのを今聞いた。
ならば私にも・・・・・・。


清水の舞台から飛び降りる思いで、私は彼女を諦めた気持ちをぶち壊し、再度彼女にアタックすることを決めた。



悉く撃沈した。


ほら、性欲なんて三大欲求に含めるのは間違っているよ。
性欲なんて、そんな大した欲求じゃないんだ。