常識[ジョウシキ] | 五階から胃薬

常識[ジョウシキ]

常識について考えてみる。



カブレラストーンというものがある。


大小様々な石に、絵が刻まれている。
そこに描かれているのは太古の人類の生活風景だった。
そして、人間と並んで描かれているのは、恐竜である。
人間が恐竜を狩っている様子や、逆に恐竜に人間が襲われている様子などが描かれているのである。

常識として、人類と恐竜とは同じ時代を過ごしていない。

恐竜が地上を支配し、その絶滅後に訪れる哺乳類の世界、そして登場したのが人類である、これが常識。

しかしこの石に描かれているのはそんな常識を覆すものだった。
ものの本によると、この石に線が刻まれたのはそう昔ではないようだ。
といっても当然千年や二千年前の話ではない。万単位の昔だったような。
調べれば出てくるはずだが、面倒なので調べない。
とにかく大昔だが、恐竜の時代、つまり億単位の年月は経過していないらしく、要は最近の人が面白がって作ったものではないということが言いたいのだろう。


さて、幾多のカブレラストーンに描かれている恐竜の姿を見てみよう。

特に、ティラノサウルスに代表される二足歩行の恐竜の姿。
近年「ジュラシックパーク」やアメリカ版「ゴジラ」などの映画でお馴染みの、あの恐竜である。
私は今年三十歳であるが、私が幼い頃図鑑なんかで見たティラノサウルスは、ジュラシックパークに出てくるような姿ではなかったはずだ。
そう、ウルトラマンの海獣に見られるような、足の関節をしている。
つまり人間と同じ方向に膝が曲がっていて、ほぼ直立の姿勢であり、それを保つには自ずと尻尾で身体を支えなくてはならない。

私が幼い頃に持っていた恐竜図鑑にあるティラノサウルスの類は、ほぼ直立の姿勢で遠くを見ていた。


それがいつしか、鳥の足の関節に近いものになっていた。
本当に気づいたら、そうなっていた。

そしてその関節で二足歩行をしているならば、直立ではなく前傾姿勢になる。
尻尾は前後のバランスを取るように、地面にはつけず、常に中に浮いている状態になる。
なるほど鳥類の前身段階である。

考えてみれば、直立二足歩行でしかも身体が大きく、尻尾で支えているような恐竜に、上手な狩りが出来るようには見えない。
近年のティラノサウルス像の方が理にかなっているように思える。

そしてもはやその姿が常識となっている。


カブレラストーンに描かれているティラノサウルスの類は、私が幼い頃に見た恐竜図鑑に載っていた姿である。
尻尾を地面につけて、背を伸ばしている。


常識、というものに捕らわれれば、明らかにこの石は「ウソ」である。
なぜなら現在の常識的な恐竜の形をしていないのだから。
もし本当に恐竜と同じ時代に人類があって、その人達が石に絵を刻んでいたとするならば、恐竜の姿を見て描いているのである。
ほぼ直立二足歩行スタイルの恐竜を描いていると言うことは、現在の常識以前の、誤った恐竜像を参考にしていると言うことで、偽物決定である。
だが現代の人々は、誰一人として恐竜の姿を見たものはいないのだ。
常識では、というが、その常識が正しいとは限らないのだ。
従って、この石が「ウソ」かどうかもよくわからない。


まあ基本的にウソだと思いますがね。

こういった話は面白いので大好きです。



「そんなの常識でしょう」
そう言ってしまうことは多々あるし、そういう言葉を耳にすることが多い。
しかし常識というのは、どういうことか。
毎度毎度思うのである。

YAHOOで調べてみたら、こうだった。
「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力」
なるほど、そう言うことか。
と言うとでも思ったか。

今度は「一般」とは何か、わからなくなってきたのでまた調べた。


なんだか「石を辞書で調べたら砂の大きいものとあり、砂を調べたら石の小さいのとあり」という感じになりそうだが。


「広く全体に共通して認められ、行き渡っていること。また、そのさま。全般」


広く全体に共通して認められる、というところの「広さ」とはなんぞや。
それこそ「そんなの常識でしょう」と発言した人間の主観である。
いや屁理屈ではないと思うのだよ。



ある成人女性とお話をしていた時のこと。

私が「いやむしろこっちの方が良いでしょう」と言ったときである。

「むしろ、って何?」

彼女は日本人であり、日本語が不得手である訳ではない。
外国育ちでもないし、外国語を話せるわけではない。

「むしろ」という言葉を知らないとは信じられなかった。
私は、なんて馬鹿な娘なのだろうかと思ったものだ。

こんな常識的な言葉を知らぬとは。


だが、果たしてこれは常識的な言葉なのだろうか?


相手を馬鹿だと思うのは簡単だが、では果たして自分は馬鹿ではないと言い切れるだろうか。

そう思うと「常識」というのはとても恐ろしい言葉になってくるのです。



ちょっと前に、お客さんに電話をかけたことがあります。
午後六時くらいですね。


「こんな時間に電話をかけてくるなんて、なんて非常識なんですか!」


って言われました。

ね、常識なんて主観的なものなんですよ。


常識って、とても恐ろしい。